妙心寺@京都

2005/01/23
京都の冬は寒い〜。底冷えがします。そんな寒さのなか、垂れてくる鼻水をおさえながら、静かな禅寺でひとりたたずむと、心地よく身が引き締まる感じがしました。

妙心寺境内

今回は阪急・河原町を降りて、京都バスで妙心寺へ。京都のバスは、市バスと京都バスと京阪バスがあって、それぞれバス停が違います。特に中心街はどこへ行く、何の系統のバス停かを探し当てるのが大変で、妙心寺へ行くバス停を見つけるのに10分以上かかりました。中心街からおよそ20分。妙心寺前で下車。

門をくぐり、中に入ると、そこは外の俗世間とは明らかに違う空気が流れていました。大きな伽藍が南から北へと整然と並んでいて、すれ違う人もまばら。このままちょんまげ姿の人ばかりなら、江戸時代にタイムスリップできそうなくらい、静かで時代に流されない落ち着きが感じられました。参道をゆっくり北へ進むと、メインの受付があります。ここで拝観料を納めると、ほぼ20分おきにガイド付きのツアーが出ています。ツアーは、法堂(はっとう)と明智風呂の二カ所を回ります。

ここで見るべきは、法堂の天井に描かれた、狩野探幽の「八方にらみの龍」。構想三年、描画五年という大作で、デザインが面白い。タイトルの通り、見る角度によって、上り龍に見えたり、下り龍に見えたり。絵の中心の真下に立ち、自分がぐるぐると回ると、いつの間にか龍がぐるぐると回っているように見えてくる。絵ができてから350年近くたつのに、彩色もしっかりと出ていて、迫力も充分。しかし、禅寺の龍の絵はいいですね。嵐山にある天龍寺の龍もいい顔してるし。

法堂の建材には、富士山でとれたケヤキのみを使っていて、太くてしっかりしています。龍の絵が描かれた天井は、厚さ5センチ、幅50センチという、現代の建築では考えられないほど超ぜいたくな板がかかっています。そんな立派な板を支えている構造ですが、礎部分は柱が石に乗っている危なっかしさ。それなのに、阪神大震災でも崩れずに現在の姿をとどめている。三十三間堂にも舌を巻いたが、その木組みの見事さは本当にすばらしい。今や宮大工は人件費が高くて絶滅寸前だと聞いたことがありますが、国土交通省はゼネコンのフォローばかりしてないで、こういう建築技術を継承し、発展させる努力をするべきだと思いますよ。あと、お金持ちは億ションなんて買ってないで、本格的な日本家屋を造ってみるとか、すんごいおしゃれだと思うけどなあ。建築の世界でも、伝統と現代技術のフュージョンができれば面白いだろうね。

法堂の隅には、日本最古の鐘が置かれています。最近まで現役だったそうで、毎年「ゆく年くる年」のオープニングを飾っていたということです。足下のボタンを押すと、あたかもその鐘が鳴っているような、迫力のある音が出てきます。携帯のメール着信音に、この音を使うのもいいなと思って、お寺のガイドさんに提案したら、「どうしたらできるのかしら」と言ってました。ニュース速報の音にしてもいいかもしれない。ゴーン。

法堂から一分ほど歩いた先に、明智光秀の菩提を弔うために創建されたという浴室があります。ここも名物。へえ〜、と思ったのは、?昔はすべて蒸し風呂だということ。そこでうっすらと汗をかいたところで、井戸水で洗い流すわけです。冬は寒いだろうね。?このお寺で修行するお坊さんは、今でも月に6回の入浴しか認められていないそうです。ということは、風呂に入るのは5日に一度。たしかに女の子には耐えられないだろうな。僕もすんごい辛いと思うけど。もっとも、夏は水浴び可能ということです。

ツアーを終えて、この妙心寺の敷地内にある塔頭を回りました。印象に残ったのは、退蔵院。ヌメるナマズをどうしたらつかめるか、という禅問答にちなんだ国宝「瓢鮎図」(ひょうおんず)が有名です。そのせいか、ここではナマズをモチーフにしたものがちらほらと見られて、庭園の入る門の上にくり抜かれていたり、抹茶の茶菓子として出てきた粒餡の生菓子にナマズが描かれていたり。余香園という低塩をみながら、抹茶をすすり、生菓子をいただく時間がとてもよかったですね。

妙心寺退蔵院の庭

禅寺は質素だけど、なぜか心が落ち着きます。特にこの時期は観光客の姿もほとんどないのが、ひとり旅には最高のコンディションを提供してくれます。妙心寺には宿坊のある大心院や、沙羅双樹の花(夏椿)のある東林院など、暖かくなってからも行きたい場所があるので、また6月下旬頃に訪れたいな、と思います。

妙心寺退蔵院の庭

京都で一人でも行けるおいしいレストランを発見。烏丸御池にある、モダンな洋館を改装してできた新風館3階の「hafuu」(はふう)。名物のカツサンドは、分厚くてジューシーな牛肉が挟まっていて、これがうまい。でも、お値段は1580円とカツサンドにしては高い気もします。ま、おいしいので、食べてみる価値は充分にあります。京都では珍しく夜11時まで営業してるのが、うれしいですね。


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三十三間堂&京都国立博物館

2005/01/22
「きょうは宇治にでも行こうかな」と京阪特急に乗り込み、どう歩こうかとガイドブックを読んでいたら、目玉の平等院鳳凰堂が修復中のため、拝観できないことが判明。そこで、急遽予定変更。三十三間堂に行くことにしました。

三十三間堂は京阪七条から徒歩5分とロケーションがすごくいいので、行かずにとっておいた場所。冬の京都は寒いので、こういう時に行くのがいいのかなと思います。

三十三間堂

拝観料を払って、あの長い建物の脇から入っていくと、千手観音がズラーッと並んでいました。その迫力は正面よりも横から見た方が伝わってきます。並び方を見ていると、第九のコーラスを思い起こさせます。コーラスのおばちゃんと比べるのも不謹慎ですが。

コーラスの前に立つ、ソロのオペラ歌手みたいなもんでしょうか、最前列には風神・雷神がすんごく力強い形相で立っています。これがいい顔しているんですよ。さすが国宝。神様とはかくあるべし、という重厚感がみなぎっています。

千手観音は本当に手が千本あると、昔は信じていたんですけど、違うんですね。頭の上に11の顔と40本の手があって、それをもって千手観音だという説明書きがありました。千手観音にもいくつかスタイルがあるようで、その説明も書いてありました。おそらく外国人ウケがいいんでしょう、説明が丁寧で、英語表記も盛りだくさん。

入るときにもらうリーフレットの写真がすごくいいんですが、これは脚立に乗って撮影されているからでしょう。1001体の観音様の迫力を味わうには、本当は高さ1メートルくらいの台に上って見た方がいいと思いました。現状だと、手前の仏像と観音様しか見えなくて、奥行きが感じられないんですよ。もったいない。

観音様の迫力もさることながら、僕は建物の保存具合に感銘を受けました。1266年に再建されてから、4度修理されているものの、700年間も保存されているなんて! ヨーロッパの歴史的建造物が軒並み中世以降ですからね。もっと誇っていいんじゃないかと思いました。土台や梁などに、地震対策がしっかりとできているんです。イタリアの教会なんて、震度4の地震が来たら一発で倒れちゃいそうだけど、三十三間堂は大丈夫。しかも建物の横幅が約120メートルもあって、それだけの屋根を支えて立っているわけですよ。「総檜造り」の構造と、漆の持つ保存力などなど、昔の建築技術に感嘆。

三十三間堂を出て、どこに行こうかとキョロキョロしていたら、道を挟んで反対側の、京都国立博物館の入口に「常設展無料」とささやかに書かれた看板を発見。第二・第四土曜日は常設展が無料で見られるとか。そんなことはガイドブックには書いてなかった。ラッキー! 

京都国立博物館に入って驚くのは、広大な敷地と、いかにも明治時代に建てられた感じのバロック様式の建物。西洋モダンそのもので、威厳と味わいがある。なんで現代はこういういい感じの建物が少ないんだろう? 結局常設展は、バロック様式の本館の隣にある、殺風景な四角い建物でやってました。

京都国立博物館

常設コーナーと、「高台寺蒔絵と南蛮漆器」という特集陳列がありました。美術の細かいことは知らないけど、漆の持つ力に感嘆しました。塗ったあとの色や、質感の良さもそうですが、金箔を貼るときの接着剤に使われたり、防水機能に優れていたり。それでいて美術的価値もあるんですよ。

最も印象に残ったのは、中国の南宋時代(12〜13世紀)に焼かれた禾目(のぎめ)天目茶碗(写真はこちら→http://www.kyohaku.go.jp/jp/dictio/data/touji/tenmoku.htm)。模様もいいんですが、ベースの色がいい。黒の中に藍色がうっすらと入っているんですが、写真やテレビでは伝えられない、なんとも神秘的で奥行きを感じる色なんです。これは実際に見ないとわからない。まさに直径13センチの小宇宙。

ほかにも、龍が力強く描かれた屏風に圧倒されたり、様々な形の茶釜を見比べたり。博物館はあんまり自分から行かないだけに、新鮮な発見と感動がありました。また何かあれば行こうと思います。


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初めてのお伊勢参り@伊勢神宮

2005/01/16
「神宮=ヤクルトスワローズの本拠地」と連想していた僕にとって、伊勢神宮は遠い存在でした。東京からも離れていますし。でも、神社の世界では、「神宮」は伊勢神宮を指すそうです。行ってみると「神社の中の神社」といわれるのがよくわかるほど、神々しい雰囲気を感じることができました。

伊勢神宮は「内宮」(ないくう)と「外宮」(げくう)の2つに大きく分かれます。正確に言うと、125もの神社から成るそうですが、すべてに行けるわけもなく、今回はこの2カ所に行くことにしました。

外宮→内宮というのが正しい参拝コースということで、外宮に一番近い伊勢市駅で下車。そこから歩いて5分で外宮に到着します。入口には、白木で無色の大きな鳥居が立っています。鳥居は朱色、というイメージが強いだけに、かえって新鮮。玉砂利の道を正宮へと進んでいくわけですが、大きな松がそびえる森の中で、晴れていたのに少し薄暗く、木漏れ日が差す程度の明るさ。どことなく神秘的な雰囲気に包まれてきます。

社務所にさしかかったところで、重大な忘れ物に気がつきました。御朱印帳がない!「お伊勢さんまで来て、記念印を押せないなんて」とかなり悔しくなりました。でも、これも「もう一度来いよ」という神様の思し召しではないか、とかなり都合よく解釈して、さらに正宮へ進む。

神社の中の神社というからには、正宮の社殿はさぞかし大きな伽藍だろうと期待していたんですが、意外にも小さくて、形もシンプルそのもの。かなり材質の良さそうな素木(しらき)造りで、装飾もないし、色もまったく塗られてない。何の木なんだろう?すごく端正でくるいが少なく、上品に見えました。なんでこんなにシンプルなのかというと、20年に一度建て替えなければいけないから、ではないかと思いました。ちなみに、次の建て替えは平成25年。今から8年後ですね。さぞかし大きなイベントになるんでしょう。ガイドブックによると、柱の本を直接地中に埋めて立てる掘っ立て式で「唯一神明造り」という様式なんだそうです。地震で崩れないか、心配になります。

伊勢神宮外宮

一般客が入れるのは、門の手前まで。門には真っ白な布が下がっていて、その先が見えません。でもちょっと風が吹くと、スカートのようにめくれるので、その瞬間をとらえて、先を見ると、その先にも門がありました。お金を払った参拝客は、スカートの先の門前で参拝をしていました。こういうときの格好はスーツが基本なんだそうです。神官の烏帽子と白装束が、森の中にある神社の空気をよりいっそう神秘的にしていました。

お参りは、もちろん2礼2拍1礼の順なんですが、願い事ばかりしてはダメで、大切なのは感謝の心なんだそうです。確かに、僕も願い事ばかり唱えてました。やはり欲張りはダメということなんでしょうね。隣では、どこか地方から来た信心深い団体さんが、神官がよくやるような、独特のひねり出すような声で「かしこくもかしけき…」と唱えながらお祈りを捧げていました。これが正式ですね。

外宮から内宮へは、シャトルバスが出ていました。15分で着いたのに、410円もしました。確かに、お伊勢さんがなければ、さみしい街だもんな。ここで稼がないと。道のりには灯籠がたっているわけですが、内宮の近くのものには「岸信介」とか「吉田茂」といった歴代首相の名前が、何の肩書きもなく彫られていました。こういう何気ないところに、伊勢神宮のすごみを感じます。

内宮に着いて驚いたのは、圧倒的な参拝客の数。外宮の10倍はいるんじゃないかと思います。観光バスも数十台。名古屋や大阪から来た人が多いみたい。でも関西弁をたくさん聞いたなあ。杖をついた高齢者も数多く見られます。明らかに観光客が多い。要するに内宮だけ行けば、伊勢神宮に行ったことになる、と考えられるわけですね。

内宮の入口に宇治橋という木の橋がかかっていますが、白木にアーチ型で、実に風情がある。下を流れる五十鈴川も、透明度が高く、まさに清流。太陽の光を反射して、キラキラと光っています。入口段階から、神々しい雰囲気を発しています。一の鳥居を越えて、二の鳥居へ行く途中、五十鈴川に触れることができます。当然のことながら、ひんやりとしてました。

五十鈴川

内宮は外宮よりもアプローチが長く、森の奥行きも深いので、神秘性が増します。正殿も、外宮は平地にあるのに対して、内宮は石段を登った高台の上にあって、これまた神秘的。でも参拝客が多すぎて、雰囲気も完全に壊れていましたが。人の波について行くような感じでしたし。内宮の正殿も、外宮と同じように素木の「唯一神明造り」で、コンパクトでシンプル。

伊勢神宮内宮

正殿での参拝を終えての帰り道、メインの参道を外れて、荒祭宮(あらまつりのみや)という別宮に行ってみました。ちょっと外れただけで、参拝客はほとんどいなくなります。そうすると、深閑とした森の中を歩くわけで、一帯の空気は突如として神々しさを帯びてきます。これこそ伊勢神宮の持つ静かな魅力ではないかと思いました。ひっそりと静かに、奥では祭りが古式に則って行われている。少し立ち止まり、マイナスイオンたっぷりの空気を吸うと、明治時代でも江戸時代でも、この景色と雰囲気は変わらないだろうと、つかの間のタイムスリップを感じられます。そんな場所、山奥にでも行かない限り、国内では感じられませんよね。

せっかくなので、帰り際に社務所に寄って、紫色の鈴守を1000円で購入。そういえば、ここにはおみくじがない。そんな神社初めてかも。

内宮を出ると、江戸時代の町並みを模した、参道(おはらい町)が続きます。参道の中心には「おかげ横丁」という、NHKのバラエティに出てきそうなベタベタなネーミングのエリアもあり、これまた参拝客であふれかえってました。茶色に染めたショートヘアに金歯が光るコテコテのおばちゃん多数。そうか、ここはそういう人たちの憩いの場だったのか。伊勢うどんと赤福、チーズ揚げ、などのちょい食べ系やら、やきものなどのおみやげやが並んでます。煙管体験が100円でできたり、神社ではできなかったおみくじがひけたり。ちなみに伊勢うどんを食べましたが、たまり醤油が辛すぎることなく、ちょうどよい味でした。

おかげ横丁

伊勢神宮は、深閑とした環境と、素木の正殿や鳥居のシンプルさが印象に残りました。何事も突き詰めていくと、最後にはシンプルになる。神社でも、その法則は当てはまるようです。しかも何百年も同じ儀式が繰り返され、伝承されていく…そういう世界の近くにいるだけで、自分が抱えている悩みとか、仕事とか、そういうものが小さく見えてきてしまう。そういう圧倒的な力を伊勢神宮に感じました。
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日本一長い商店街@大阪・天神橋筋商店街

2005/01/15
大阪の商店街といえば、アーケード。雨の日や風が強い日も安心して買い物ができますよ、ということなのか、屋根のない商店街を探す方が難しいくらい。全長なんと約2.6kmという日本一長い商店街も、ご多分に漏れずアーケードになっていて、それはそれは長い商店街でした。
天神橋筋商店街1

まずは地下鉄・南森町駅を出て、大阪天満宮を目指します。ここの社務所で、天神橋筋商店街の歩き始めを証明するカードをもらいます。この大阪天満宮への参道に商店が並んだことが、日本一長い商店街への起源だということですが、天満宮自体はそれほど大きいようには見えませんでした。ここが天神橋筋1丁目。7丁目までの長い道のりの始まりです。
天神橋筋商店街2

商店街の端に立ち、前を見渡すと、一直線に商店が連なっているのが見えます。よく高速道路でトンネルを通ると先まで明かりが見えますが、ここでは軒先の看板の明かりの列がずーっと奥まで連なって、日本一の長さを実感させてくれます。商店街は○丁目ごとにブロック分けされているようですが、1丁目は最も道幅が広く、ゆとりがありました。人通りも商店街の中では最もまばらでした。

商店街自体はいたって普通で、雑貨、洋品店、呉服屋、100円ショップ、理髪店、飲食店、ゲームセンターなどなどが並びます。売っているものも、他でも買えそうなものが多かったです。ただ、食べ物が安い! 一個45円のすし、一杯100円のうどん、一個60円のコロッケ、一個80円の肉まん、8個入り250円のたこ焼きetc...まさにつまみ食い天国。ちなみに、僕は食べ物にはいかず、ふとん店で半纏をひとつ買いました。国産のいいものが4360円と安かったので。お店の人は、よく外国人がおみやげに買っていくと言ってました。

天神橋筋商店街4

印象に残ったエリアは、中間地点を越えてJR大阪環状線・天満駅から伸びる、商店街の裏道の一帯です。天満卸売市場の一帯は、鮮魚・精肉・青果店が所狭しとひしめきあって、その合間に立ち飲みの串焼きや飲み屋、風俗店などなどが詰まっています。この地区が面白いのは、人が一人二人しか通れない道幅と、低い天井とその結果としての一帯の暗さ…でも人の往来が激しくて活気があるところ。こういうのをアジア的だと思うんですが、街のぐちゃっとした感じとエネルギッシュな雰囲気を感じることができます。よく東南アジアの街の市場に行くとなつかしい感じを覚えますが、その元祖はこういうところにあるんじゃないかな、と思えてきます。天満市場に一軒、点心の屋台のお店があって、これがアジア的空間にマッチして良さそうだと思ったんですが、残念ながら夜しか開いてないそうです。今度行ってみようっと。
天神橋筋商店街3

天神橋筋5丁目に入ると、道がぐぐっと狭くなり、店から道に商品がはみ出す度合いも大きくなり、人混みも加速。そこに自転車がつっこんできます。大阪では、車も自転車も歩行者も簡単にはよけてくれません。よけたら損だと思っているから、という話を聞いたことがありますが、この人混みでの自転車の突入は無謀、というところでも、老若男女共通で、かなり平然とした顔で通り過ぎていきます。

天神橋筋6丁目まで来たところで、アーケードは終わります。あとはこの長い商店街を歩ききったことを証明してもらうために、大阪天満宮でもらったカードを持って、7丁目の金物屋へ。ここで「満歩状」という表彰状をもらいました。文面の最後に「おおきに!」と大きな字で書いてあるのが、うれしいですね。

最後まで歩き通して気づいたのは、商店街にコンビニとスーパーマーケットが一軒もなかったこと(7丁目にサンクスがあるくらい)。もちろん全くないわけではなくて、商店街の一本外に出ればあったりするわけです。でも、街の活気を支えているのは、明らかに個性的で小さな商店の積み重ねでした。僕たちは便利だからと、コンビニや大型スーパー、通販を大いに活用しているわけですが、その便利さが商店街から活気を奪っていることも事実です。日本一長い商店街に来て、商店街が商品以外に持つpricelessな魅力…街の活気を改めて感じることができました。たまには商店街で買い物をして、地元を元気にすることも必要なんですね。


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えべっさん@今宮戎神社

2005/01/10
1月10日。初詣の記憶もまだ残るこの日に、大阪の人たちは商売の神様にお祈りをします。それが十日戎(通称:えべっさん)。初詣で済ませればいいコトを、どうして改めてやるんだろう? 未だにわかりませんが、行ってみたら、これが何ともけたたましく、ごてごてとして、いかにも大阪らしい、おもろい行事でした。
++
まずアプローチは、なんばCITYから入ります。体力のない人や、人混みの大嫌いな人は、南海の今宮戎神社駅や地下鉄の最寄り駅から行くといいでしょうが、祭りの盛り上がりを感じるにはイマイチ。というのは、難波から南海電車の高架に沿って、長い長い出店街が形成されているからです。一駅分の距離があるわけで、少なくとも5〜600mの長さになるんじゃないでしょうか、道の両脇に出店がズラーッと軒を連ねます。たこ焼きやフランクフルト、チョコバナナといった出店の常連以外にも、ケバブ、スリランカ料理、タイのラーメン、ちゃんこ、焼き鳥、和牛ステーキ、さざえの壺焼きなどが並び、立ち食いのフルコースができます。何年後かに大阪で「食の万博」というのをやるらしいけど、これがあるなら要らないんじゃないかなあ。

この出店街を行くのもすごい人出。神社へ向かう人と帰る人でギッシリ。他人よりすうっと先に進むのはかなり難しい。これがヨーロッパだったらスリ多発間違いなし。そんなことを考えながら歩いていると、自分の背中をプッシュし、強引に我先にと人混みをすり抜けようとするおっさん、おばちゃんが時折現れます。若者ではなくて、必ず中高年なのはなんでだろ? やっぱり時間を「損する」のはイヤなのか? それとも、せっかちな土地柄を体現しているのか?
今宮戎神社前

神社に近づくと、出店は食べ物から、縁起物に変わります。えびす様のお面や、米俵、打ち出の小槌のオブジェなどがついたざるかごや熊手が所狭しと並んでいます。このオブジェがかなり安っぽく見えますが、縁起物ということもあって、1万円以上で売られてます。お金をすくい上げるざるかごと、運をかき集めるための熊手…かなりダイレクトでわかりやすい縁起物ですね。しかもこれを値切って買うのが妙味らしい。縁起物は値切らないのが江戸っ子の気っぷの良さであり、懐の深さなんですが、大阪では全く逆です。

神社の周りに着くと、「商売繁盛、笹持ってこい!」というお銚子が聞こえてきます。これが有名なえべっさんのフレーズです。誰かが唱和しているわけではなく、テープに収録されたものが繰り返し流されてました。ずっと流れているので、頭の中でもリフレインするようになること必定です。
今宮戎神社門前

さて、いよいよ神社へ。あちこちで笹を持った人がいます。段取りとしては、神社の神官に笹をもらい、この笹にいろいろな縁起物を購入して、福娘につけてもらいます。この段取りを済ませるのが結構大変。すんごい人混みと行列、笹の葉が顔に当たったりして、わやくちゃになります。福娘の選択がどれくらい重要なのかわかりませんが、かわいい女の子を選んで縁起物をつけてもらおうという人は多かったです。あの衣装も含めて、きれいな女の子がけっこうたくさんいました。福娘合コンとかあったら、行ってみたいもんです。
お神楽@今宮戎神社

笹にくっつける「吉兆」と呼ばれる小宝は見た目にはかなりちゃっちい感じで、プラスチックの米俵、金の折り紙で出来た小判などです。それでも一つ1500円。1万円以上かけて、じゃらじゃらと笹にぶら下げる人もいれば、自分のように「とりあえず参加料として」と最小限だけ買う人もいるということです。ここで商売繁盛を願うのは、自営業の人が多いだろうな、という感じがします。この笹を持ち帰って、東の方角に設置しましょうとのアドバイスをもらいました。
「吉兆」いろいろ

神社の裏手には銅鑼があって、ここにも人が群がっていました。耳の悪いえびす様に願いを聞いてもらうには、銅鑼をガンガンと鳴らさなければならない、という言い伝えがあるからだそうです。みんな寄ってたかって銅鑼をガンガンと叩いていました。これを見ていると、文化大革命の時代に、中国人が雀を追い込むために銅鑼を叩きまくったことを思い起こさせられました(雀の死骸はありませんでしたが)。銅鑼に多くのいたずらシールが貼られていたのが、ありがたみがそがれるようで残念でした。
銅鑼に群がる人々

「商売繁盛、笹持ってこい」のかけ声と銅鑼の音、さらに吉兆や縁起物を売る人のかけ声が交錯して、このお祭りはけたたましく感じます。神社から広がる出店の数と種類の多さも、そのごちゃごちゃ感に拍車をかけます。この混沌とバイタリティこそが大阪の特徴…それをひしひしと感じるお祭りがえべっさんだと思いました。
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