京都検定を受けてみた!

2005/12/11
いったい、どんな検定をするのか、今回、僕も遊びの一つとして、受けてみました。受かれば転勤生活の勲章になるし、落ちてもネタになると考えました。ところが、一夜漬けの勉強で最も簡単な3級の試験に臨んだところ、これが難しかった!

早速ですが、わからなかった問題をいくつかピックアップしてみますと...
Q:豪商・佐野紹益の妻となった吉野太夫が、開創の日乾に帰依したことから、吉野太夫ゆかりの寺として知られる寺院はどこか
  ア)廬山寺 イ)常照寺 ウ)常紹皇寺 エ)立本寺

Q:長岡天満宮にある、八条ヶ池の参道に植えられている花は何か
  ア)牡丹 イ)キリシマツツジ ウ)萩 エ)あじさい

Q:「わたくしたち京都市民は、旅行者をあたたかくむかえましょう」などを定めた「京都市民憲章」は、何年に制定されたか
  ア)昭和21年 イ)昭和31年 ウ)昭和41年 エ)昭和51年

要するに検定という名の京都のトリビアみたいなもんです。知っているかどうかが最大のカギです。体系的に出題されればいいのですが、記憶の片隅をほじくるような問題がほとんどです。どうも10年以上前に受験した、共通センター試験のような感じです。もう少し、京都を体系的に学ぶための問題ならいいかも、と思いました。受験者の6割以上は、観光に携わっているとみられるオッサン。残りが京都好きの女性。僕のような記念受験はごくわずかでした。会場にこれだけ白髪の混じった人が多い試験は珍しいでしょう。

まあでも、この検定をほんまもんの京都の人が受けるとは思えません。1級を取った場合のメリットが未だによくわかりませんし、必要ないですから。結局、彼らに言わせれば、この検定は「田舎もんの証明書」ということになってしまうのかもしれません。



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「琳派」の世界@細見美術館

2005/12/03
ルーブル美術館やメトロポリタン美術館には行くのに、日本の絵画はよくわからない…自分もそんな一人でしたが、それでは灯台もと暗し。欧米でも「リンパ(RIMPA)」は少しずつ知られてきたと言うし、ここは教養として知っておくべし、ということで「琳派」の作品を数多く所蔵する細見美術館に行って、学芸員の方のガイドつきのカリキュラムに参加しました。

「琳派」とは、桃山時代に俵屋宗達と本阿弥光悦を創始者として、江戸時代に尾形光琳・乾山兄弟が発展させた日本絵画の一つの系統です。系統と言っても、何か組織が結成されたわけではなく、狩野派のように家業として代々継がれるのでもなく、その絵をいいなあと感じた芸術家が私淑する形で発展してきたことが、面白いところです。ですから「琳派」という呼び名も、昭和40年代に東京国立博物館の学芸員が学会で名付けたもので、それまでそういうカテゴリーがあったというわけではありません。

琳派の特色は、写実的ではなく、例えば花や葉が正面を向いて開いていること、もやっとして自然で立体的な色の付き方、構図が対角線構造になっていること、などです。作者によって異なりますが、掛け軸で見ると、やさしい感じの絵に仕上がってます。


まず美術館に着いて、最上階にあるお茶室(古香庵)で一服。このお茶室が、昭和の名棟梁・中村外二氏の遺作だというではありませんか!確かに落ち着きのある数寄屋造り。しかもモダンな美術館に合わせて、明かり取りのように天井付近の壁はガラスになっている。しかも、床の間には西本願寺の襖絵を切り取って掛け軸にしたという、源氏物語の一こまを表した絵がかかっていました。惜しむらくは、周りの騒音が障子越しに入ってきてしまうこと。会話があんまり聞こえない。いやはや、これは普通の美術館ではない!

続いて館長さんのお話を伺うことができました。
「本阿弥光悦は文化プロデューサーのような存在なんですが、彼や俵屋宗達が目指したのは平安ルネッサンスなんです。日本は歴史的にずっと中国から文化の影響を受けてきていますが、日本独自の文化が花開くのは平安時代と江戸時代、国がオープンになっていないときです。江戸時代に発展した琳派の絵画は、ある意味、日本の美意識によって発展した、オリジナル性の高い絵画だということができます」

「琳派の特徴は、色のにじみを活かした『たらしこみ』の技法が好んで使われていることです。輪郭線を使わない『没骨(もっこつ)法』、その一種で墨の濃淡を出す『つけたて』もよく使われています。鋭くてやさしい線が出ているのが特徴です」

「俵屋宗達の作品の最大のミステリーは、代表的な作品のほとんどに落款が入っていないことです。落款らしきものが入っていたとしても、宗達とは思えないほど字が下手なんです」


そして、学芸員のガイドつきで見学。ちょうど「琳派」展をやっていて、今回は俵屋宗達を取り上げていました。宗達は当初、扇の下絵を描く「絵屋」をしていたということです。このような仕事のベースがあったために、従来の画家にはない、大胆で常識にとらわれない構図が出てきたのではないか、という分析もありました。展覧会では、俵屋宗達の作品から、その後の琳派の歴史をたどるように作品が展示されていきます。時代と共にモダンで上品になっていきます。

これが日本人の深層に眠る美意識だとすれば、日本人の美的センスも捨てたもんではないと思います。琳派の絵から、日本の美について考えるのもいいもんだと思いました。ルーブルに行くぐらいなら、琳派も見よう!


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