股のぞき@天橋立

2006/03/11
天橋立と言えば、松島、宮島と並ぶ日本三景の一つとして有名です。山の上の、見晴らしの良い場所で、股の間からその景色を見れば(上下逆さまになります)、空に橋がかかっているように見えることから、このロマンチックな名前がついているわけです。それはどこまで本当なのか。4月の陽気という予報があって、見晴らしも良いだろうと考え、急遽行くことにしました。

天橋立は日本海に面しているのでさぞかし遠いだろうと思ったら、意外にも大阪・京都から特急でわずか2時間。うとうと居眠りしているうちに着いてしまいます。この日は朝9時の特急で、福知山で乗り換え、11時過ぎには天橋立駅に着きました。福知山から乗り換えた列車は満席で、乗降口のデッキで読書しました。

駅から徒歩5分、天橋立ビューランドにのぼり、まずは全景を眺めることに。リフトで上がること6分。眼下に、くの字に曲がった松並木が、青い海の上にくっきりと浮かびます。空も真っ青に晴れて、松の緑がより鮮明に見えます。見晴らしの良い場所には、手すりのついた「股のぞき台」があります。早速「股のぞき」を実行すると、頭にみるみる血が上っていきます。んー、普通のアングルだと美しい景色ですが、こうやって頭に血が上って思考力が低下してくると、松並木が天に架ける橋のように錯覚するかも。

天橋立

山から下りて、今度はレンタサイクルをして(400円)、全長3.6キロの松並木を走りました。やはり歴史のある景勝地だけあって、味のある形に成長した松が、「夫婦松」「見返り松」などと名前をつけられて、しっかりと根付いています。時折、去年の台風の跡が残っていて、それが痛々しく見えます。下手にコンクリートで道を固めることもなく、コテコテとしたパステルカラーの看板が並ぶこともなく、この落ち着き加減がすごくよかったですね。日本の観光地は清里のようにコテコテしすぎるきらいがあるので、こういう抑えた表現を見習ってほしいと思います。

「く」の字を下からなぞるように進んでいくこと10分、対岸に着きます。ここからケーブルカーで山を上がると傘松公園、先ほどのビューランドの反対側から天橋立を見ることができます。こちらでも、もちろん股のぞき。こっちのほうが、天橋立を斜めに見た感じになります。バスツアー客が多く、ドライブインのような雰囲気でした。

天橋立の脇を固めるかのように点在する寺社も回りました。文殊の知恵で知られる「智恩寺」、伊勢神宮のような清らかな雰囲気をもつ「元伊勢籠神社」、傘松公園の上にあって五重塔が立派な「成相寺」。「智恵の輪」の灯籠や、神前の狛犬、左甚五郎作の「真向の龍」など、それぞれにエピソードのある重要文化財を目の前で見ることができます。こういうところを見ても、歴史ある景勝地として発展してきたことがわかります。

ランチは名物あさりうどん。さっぱりとしてGood。デザートは丹波の黒豆を使った黒豆アイス。旅の最後には、駅前の温泉につかりました(600円)。暖まった体で、帰りの特急ではぐっすりと寝ることができました。日帰りとして楽しめる要素はふんだんにあります。

日本三景とは言っても、天橋立の景色自体は「まあそんなもんか」と言った感じ。でも歴史的な景勝地の味わいを堪能できて、幸せな気持ちになりました。


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お水取り@奈良・東大寺二月堂

2006/03/05
奈良に春の訪れを告げるお水取り。大混雑だった去年に引き続き、今年も行ってみました。去年は松明が大きく、それが故に最も混雑する12日に行きましたが、きょうの松明の大きさは通常。ちょっと早めに行ったことで、絶好のポジションで見ることができました!

今年は午後4時に奈良に到着。奈良国立博物館で開催中の「お水取り」展に行ってから、東大寺二月堂に向かいました。ちなみに、展覧会は、お水取りの歴史を示す文献や、僧侶が着用する衣服、靴、お水取りに使われる道具などが展示されていました。なにせ1200年以上絶やすことなく続けられてきた行事ですから、国宝や重要文化財がゴロゴロありました。

二月堂に到着したのは午後5時すぎ。去年はお堂に入れず、長蛇の列の最後尾に加わるだけでしたが、今年は二月堂の真下にある、観覧ゾーン(芝生)の前から二列目の中央に陣取ることができました。まあそれというのも、たった一人で行ったからですが...大人数で行くよりも、少人数の方がフットワークが良くてオススメです。

たいまつが出てくるのは午後7時。それまでの時間つぶしと、寒さ対策は大切です。今年は本をギリギリまで読んで時間をつぶし、暖かい日だったにもかかわらず、厚めの服を着ていきました。芝生に敷くチラシなどを用意していけば完璧でした。

午後7時。お寺の鐘が響き、照明がパッと消えます。すると、お堂の脇の階段を、松明を持った使者が聖火ランナーのように駆け下りていきます。やがて大きな松明が階段を登っていきます。松明の大きさは去年見たものよりも小さいのですが、なにせポジショニングがよかったので、去年より遙かに大きく見えました。

お水取り@東大寺二月堂

たいまつが大きくせり出すと、悲鳴のような歓声がわぁーっと上がります。たいまつが揺すられて火の粉が散ると、また歓声が上がります。連行衆が床を強く打ち鳴らす足音も聞こえます。燃えさかるたいまつがすぐ近くに落ちてきて、思わずよけそうになりました。

今回は観覧ゾーンですべてのたいまつをじっくりと見ることができました。しかも、二列目だったので、あわや火の粉をかぶりそうなくらいの迫力を感じることができました。終わって気づけば、盛大にたいまつの灰をかぶっていました。

たいまつの大きい12日であろうとなかろうと、やはり早めに行って、観覧ゾーンで見るのが一番です。天気のいい暖かい日に、防寒対策をしっかりとしていけば、かなり楽しめますよ!


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竹職人・黒田正玄さんの話を聞く

2006/03/04
茶道の世界では、宮内庁御用達のように、家元が茶道具をつくる名人を「千家十職」として指名する習わしがあります(これは明治以降の仕組みだということです)。毎月一日に、その千家十職が表千家の家元に集まって、こんな茶会をしたい、こんな道具をつくったらどうだろう、という談義を交わします。千家十職は代々継がれるので、独特のサロンになっているのではないかと想像します。

お茶の世界で、柄杓や茶杓、花入れ、蓋置など、竹は様々な場面で使われます。今回は、竹の職人、黒田正玄さんの工房を訪れ、お話を聞く機会を得ることができました。

「竹は毎年秋に手に入れます。最近は暖冬で11月に取ることが多い。上の方に水分が少なくて虫が入りにくいから。生えてから4〜5年のものをとります。固さがやわらかすぎず、固すぎず、ちょうどいい加減だからです。竹林に入って、色で見分けます。青竹が最も鮮やかなのは2年目くらい。竹は13年から14年で枯れます。使う竹の種類はマダケです」

「竹は切ってきたあとで、上下逆に立てて置いておきます。最初に一週間で、水分が下に降りてきます。晴れた日に天日干しするなどして、2ヶ月間、そのままにします。それ以上置くと、竹は赤くなってきます。2月(節分)を越えると、火鉢で青い竹を白くします。焦げない程度に、炭で油を抜くわけです」

「竹は節ごとに芽がひとつずつ生えるわけですが、我々は芽の出る方を表、出ない方を裏としています。これは素晴らしいとうなるような、景色のある竹は2〜3年に1本ですね」

「最近、竹は京都では取れなくて、滋賀や静岡に行きます。マダケの竹林はほとんどありません。南国の竹は材質がやわらかく、北国の竹は固くて充分に育たない。北限は岩手です」

「最近の竹の茶道具は中国の工場でつくられたものが多いですね。使うとすぐにこわれちゃう」

「茶道具は制約が多くて、そう斬新なものが出来ません。特に竹の茶道具はそうです。香合はたくさんつくりましたが」

とは言っても、黒田さんがつくった柄杓や茶入れ、香合などを拝見すると、ふだん使いのものとは明らかに違いました。まず、端正な形に魅せられ、手に触れた瞬間に緊張感が走ります。茶入れも蓋のしまりかたが違いました。カパッと乗っかるのではなく、ゆっくりと空気が抜けていきます。例えるなら、ドイツ車の扉を閉めたときに感じる、重厚感というか質感を感じます。

柄杓の種類だけで60種類もあるそうです。茶杓も家元によって好みが違います。それだけで充分なバリエーションなのかもしれません。

黒田正玄邸の竹

茶道具の中で最もわからないのが、茶杓です。その善し悪しを見分けるコツを聞くことはできませんでしたが、本などを読んで勉強しようかなと思います。


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吉兆京都本店@嵐山

2006/03/02
料亭が日本の食文化を体現するものだとすれば、吉兆は料理界の日本代表のひとつだと思います。その京都本店で、しつらいを見学し、創業者のお孫さんの話を聞き、お昼をいただくことができました。いやはや、すばらしかった。

吉兆京都本店は、嵐山・渡月橋から桂川沿いに歩いた先にあります。お店らしい看板はなく、庭の樹木が囲む白木の門に、縦書きで「吉兆」と小さな表札がかかっているだけ。本格的な日本家屋の門構えです。午前10時半に行きましたが、すでに打ち水がされていて、厳かな気分になります。

まずは、店内を見学。ひなまつりの前日ということもあって、床の間におひな様が飾られ、梅と菜の花が生けてありました。建物は見事な数寄屋造りで、天井には火事にならないようにと願いを込めて流水の模様が描かれている部屋もありました。部屋から眺める庭も端正で、その先には山が見えます。その風景を見れば、山中の閑居にたたずむような感覚を覚えます。庭の一角には3畳と4畳半の茶室があって、茶事ができるようになっていました。

吉兆は昭和5年の創業、商売繁盛を祈願する「えべっさん」で配られる「吉兆笹」にちなんで名付けられました。間口わずか2メートルの店として開業したのに、昭和14年には株式会社になっています。創業者・湯木貞一は昭和12年に表千家に入門、当時、茶道の世界には財界人が多く、そこで人脈を築いた彼にはパトロンが数多くいたようです。彼はそこで人脈を築くだけでなく、茶の湯の心、風流を学んだということです。それが、食材や器、盛りつけに季節感を演出するという吉兆の独自の料理に反映されるようになりました。

創業者の孫・徳岡邦夫さんのお話
「伝統といっても、その時代に必要とされなければ残っていきません。料亭では、料理をつくる人と食べる人の間の気持ちのやりとりがあるべきではないかと思います。20歳の若者と80歳のお年寄りが同じメニューを注文したとしても、全く同じものを出していいのでしょうか。若い人には濃いめのオイリーな味付けが好まれて、お年寄りは少しあっさりとした味のほうがいいのではないか。切り方も、お年寄りには食べやすいように小さく切った方がいいのではないか。切り方が違えば、盛りつけ方が変わってくる。それに応じて器が変わってくるわけです。そこまで考えて出したものが本当においしかったのか、こだわってつくるほど、作り手としてはお客様に直接確認したい気持ちになります」

「バブルが崩壊した後、政治家や大企業の社長が使う権力者の密談場所、といった料亭のベールをはぐように努力をしてきました。求人方法を変え、定価制を導入し、銀行や生保、JRとのタイアップをしました。一度来ていただいた方に、もう一度来てもらえるようにしたいと考えています」

お話をうかがった後で、昼食をいただきました。
・八寸:金箔を貼った貝殻に蟹とかにみそが乗っていました。唐墨に大根をはさんでいただくと、食欲がさらにぐっと出てきました。
からすみ@京都吉兆

・椀:蛤のうしお仕立て。ごま豆腐が入っていて、岩のりをかけていただきます。出汁がうまい!
蛤のうしお仕立て

・お造り:ふぐさしをアンキモのたれにつけていただきました。普通はポン酢でいただくのですが、それよりもしょっぱい感じ。モンゴイカとトロのたたきにとろけました。湯葉蒸しは京都の蒸し物らしく、あんがあっさりとしておいしい。
てっさ@京都吉兆

・焼き物:マナガツオの幽庵焼き。これは器がよくて、ひなまつりにちなんで菱餅の形です。器の中には石が敷き詰められ、その上に笹を乗せて、その上にマナガツオが乗っています。器ごとあたためるために、石の熱がマナガツオにいい感じで伝わって、冷めにくくなっています。この仕掛けが心憎い。
マナガツオの幽庵焼@京都吉兆

・鴨の鍋:鍋が出てくるのではなく、赤楽のお椀に、鴨肉が2枚。これまた醤油ベースのあっさりした味で出てきました。鴨肉のしつこさがいい感じで抜けていました。
鴨鍋@京都吉兆

・白魚のたきこみごはん:ご飯がすこし水気多めで出てきます。白魚の唐揚げが入って、少しこってりとした感じ。女将さんが座敷でよそってくれたので、料亭で食べている実感をひしひしと感じました。

・デザート:京都の2カ所でとれたてのイチゴ2つ。三宝柑のゼリー。さわやかで甘さ控えめでした。いくらでもいけそうな味です。

全体の量はそれほど多くないのですが、一品一品をかみしめながらいただきました。畳部屋でゆっくりといただく料理は、とてもリラックスできて、充実していました。

今回の昼食の値段は36750円。吉兆の客単価は5万3千円だということですから、割安でいただくことができました。食文化に興味のない人には法外な値段かもしれません。ただ、インテリア・食材・器から演出する食文化なんて、日本にしかないと思います。その食文化の奥行きを勉強する値段と思えば、悪くないのかもしれません。吉兆に言わせれば繰り返し来て欲しいということになると思いますが...


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