大阪の「とめの祭り」:神農祭@少彦名神社

2006/11/23
大阪の一年のお祭りは、1月の「十日戎」にはじまり、この少彦名神社(すくなひこなじんじゃ)の神農祭(しんのうさい)で終わるといいます。そのため、神農祭は「とめの祭り」と呼ばれているそうです。このことを、祭りの行われる北浜の近くに住む友人から聞いて初めて知り、行ってみることにしました。

少彦名神社は、製薬会社が並ぶ、大阪の中心部、道修町(どしょうまち)の一角にあります。御堂筋から堺筋に向かって、屋台が延々と並んで、お祭り感が伝わってきます。が、肝心の神社は、うっかり見落としそうな場所にあります。ビルとビルの間に埋もれるように社が建っているのです。この神社は、1780年に鎮座して、日本の薬祖神(薬の神様)、少彦名命(すくなひこなのみこと)と、古代中国で医薬を司った統治者、神農氏をお祀りしています。ですから、健康増進の神として知られています。

お昼過ぎに行きましたが、神社からは4列で100m近い行列ができてました。行列とは別の入口から、ふらっと中に入ろうとすると、ガードマンに止められました。ついでに行列の内容を聞いてみたら、参拝客の行列だというのです。参拝するだけでこんなに並ぶのか、と絶望的な気持ちになりながら、列に加わりました。結局、待つこと20分ほどで、神社に入ることができました。

狭い敷地内では、この神社のお守りとして知られる「張り子の虎」のお守りと絵馬、それに笹が売られ、社の中では巫女による舞が披露されていました。この仕組み、十日戎とほぼ同じです。笹が本物なのが良かったですね。できれば薬の恩恵を受けることなく、健康体でいたいものですが、何はなくとも健康が一番と、祈願してきました。

確かに「十日戎」よりは一般に知られていないようでしたが、境内で参拝客にガンガン声をかけて、笹やお守りを売るところが、なんとも大阪らしいお祭りだなと感じました。この神社では毎月23日に献湯祭といって、笹で熱湯をまき散らすというユニークな神事があります。これにも行ってみたいなと思いました。


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美しい庭発見!@清水寺成就院

2006/11/19
「成就院の庭は京都ベスト3に入る美しさ!」と、京都・滋賀の庭に詳しい建築家の方からオススメされて、特別公開最終日のきょう、行ってきました! 清水寺は観光シーズンのピークでごったがえすこと必至で、いったいどうなることやら…

午後、二年坂・産寧坂を上がっていくと、そこは人・人・人…。雨天で傘がぶつかりあい、そこに立ち止まる観光客…渋谷のスペイン坂よりも混乱していました。これにはウンザリ。

山門の脇に、「名勝庭園 特別公開」の看板がかかっていたので、その矢印に従って進むと、ついさっきまでの人混みがウソのような静けさです。拝観料600円を払って、玄関を曲がった先に、庭園が見えました。なんと他の見学者は誰もいませんでした。

庭は、正面の高台寺山を借景にしながら、池を中心に奇妙な形の石、変わった形の燈籠、四角や丸に刈り込まれた樹木がバランスよく配列されて、そのさまが実に端正でモダン。しとしとと冷たく降る雨すら、この庭にとけ込んでしまいます。江戸初期を代表する名庭で、国の名勝にも指定されていますが、自分にとっても京都ベスト3に入る美しさ!(他は、大徳寺高桐院や醍醐寺三宝院ですね)

清水寺成就院

さっきまでの喧噪や、明日からの仕事などなど、世俗のことをすっかり忘れてホッとため息をつきました。あー、お抹茶が欲しい。時間を忘れて、午後4時の閉館時刻まで、庭の前でたたずませていただきました。いやいや、素晴らしい!



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修学院離宮を参観

2006/11/18
あの美しい桂離宮から30年あまり、京都の北東はずれにつくられたのが修学院離宮です。桂離宮を見た時の感動が忘れられず、あの感動をもう一度とばかりに、紅葉の季節に合わせて、予約受付開始の3ヶ月前の1日(8月1日)の早朝に予約して、この日を楽しみにしてきました。

修学院離宮は、叡山電車の修学院駅から徒歩20分くらいはあるかと思われます。そこで、出町柳からタクシーで向かいました。1500円くらいはしたと思います。入口で身分証明書を見せて入ると、すぐに説明が始まりました。桂離宮と同じように、50人くらいのツアーに案内役のガイドさんと守衛さんが一人ずつ。中高年や外国人観光客など、いろんな方が参加していました。

修学院離宮は上・中・下の3つの離宮からなっていて、それぞれの間を美しく刈り込まれた松並木がつながって、田畑が広がります。高低差もあって、およそ1時間のツアーでは3キロ近く歩きます。比叡山から流れる水が滝になったり、小川になって、離宮の中を流れます。上離宮の眼下には浴龍池(よくりゅうち)という広い池がありますが、ここの水も透明で、静かな水面が周囲の紅葉を映していました。

修学院離宮1

印象に残ったのは
・下離宮の庭園(江戸初期の庭らしく、端正で美しい)
・中離宮、楽只軒(らくしけん)の床の間に描かれた吉野の桜(色が淡くて美しい)
・客殿の飾り棚(雲がたなびいているように見える、という面白い意匠)
・楓橋周辺の紅葉のグラデーション(緑→黄→朱)
・きれいに刈り込まれた松並木

修学院離宮2

ツアーは1時間の予定が少し長引いて1時間半になりました。おかげさまでじっくりと見ることができました。桂離宮に比べると、全体的に間延びして、建物もそれほど凝っていない印象があります。それでも宮内庁管理の物件は、樹木がきれいに刈り込まれていて、実に端正ですね。美しかったです。池に映える紅葉もかなり美しく見えました。

修学院離宮3


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「はじめて」の萬福寺@京都・宇治

2006/11/11
インゲン豆・明朝体・木魚・400字詰め原稿用紙…これらはすべて、萬福寺から日本に伝わったものです。萬福寺は、中国・福建省から渡来した隠元禅師が江戸時代初期に開創した寺院で、日本三大禅宗のひとつ黄檗宗(おうばくしゅう)の大本山です。鎖国の時代に中国文化の窓口として機能していたため、日本にとっての「はじめて」が、この寺に詰まっているわけです。今回は、京都非公開文化財として初めて拝観が許された場所もあって、自分にとっても初めて行くことにしました。

萬福寺は、黄檗駅から歩いて3分くらいのところにあります。目立った参道もなく、静かに、それでいて大きな伽藍にどっしり重要文化財の建造物が連なります。今まで訪れたどの寺社仏閣とも明らかに違う様式で、これは当時の中国の明朝様式をそのまま取り入れたものだということです。入山料500円を払って入れば、そこから先は、中国文化たっぷりの世界が広がります。

まず、寺の玄関として、大きな建物「天王殿」が立ちはだかります。中には恰幅のいい黄金の布袋尊が鎮座します。廊下には修行僧が朝夕に必ず打ち鳴らすという巡照板(じゅんしょうばん)がかかります。途中には水晶玉を口にくわえたような、大きな魚の木彫りがぶら下がっていました。これこそ開版(かいばん)と呼ばれるもので、木魚の原形になっています。どんな音がするか、一度聞いてみたかった…

伽藍の奥には法堂が建ち、卍崩しの手すり(=勾欄:こうらん)を見ることができます。こういう一つ一つのディテールが日本的ではなく、非常にオリエンタルな感じがします。本尊の大雄宝殿は日本最大のチーク材でできた歴史的建造物だということです。

この日はちょうど「京都非公開文化財特別公開」にあたり、特別拝観料800円東方丈と斎堂に入ることができました。が、斎堂は実際にお坊さんが食事をするところということで、質素で地味。東方丈も「特別に公開」というありがたみを特に感じられませんでした。

**
萬福寺を出て、歩いて3分ほどのところに、「宝蔵院」という塔頭があります。ここには約6万枚のお経の版木が置かれていて、原稿用紙や明朝体のルーツを見ることができます。ここは民家のようなアプローチで、蔵に行く前にインターホンを押して、簡単な説明を聞き、パンフレットをいただきます。

ガイダンスにしたがって進むと、山裾にたたずむように立つ高床式の蔵が、一切経の版木およそ6万枚を保管したところです。簡単で大きめの鉄の棚に、焦げ茶色の版木がずらっと積まれていました。蔵の静けさと版木の多さに、圧倒されます。誰もいない...と思いきや、高い棚の間にひとり静かに墨をすり、バレンを使って版木にすりこむ職人らしき男性の姿が見られました。あまりに一心不乱に作業していたので、声をかけることができませんでした。

版木は20文字×20行=400時詰めになっていて、中心に、お経のナンバリングがしてあります。まさに原稿用紙の元祖のようでした。書体は、明の時代の活版印刷を導入した明朝体が用いられています。これが日本における明朝体のルーツだと言われています。3階建てのうち3階の隅には、鉄眼法師の像がありました。活字信仰の本山と考えるにはわびしい感じがしましたが、活字文化のルーツの地として敬意を払おうと、そっと手を合わせました。

萬福寺、奥が深いです。中国と、日本に伝わった文化の経路に思いをはせるよい機会になりました。惜しむらくは、名物の普茶料理を食べられなかったことでした。今度は3人以上で来て予約したいと思います。


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極楽浄土の世界に最接近@平等院鳳凰堂

2006/11/11
いま、平等院の展示館では、一生に一度見ることができるかどうかという、貴重なものを目の前にすることができます!

平等院鳳凰堂の本尊の阿弥陀如来像の頭上を囲う天蓋。もちろん国宝です。その一部がいま、鳳翔館ミュージアムで、期間限定で展示されています。平等院で行われている「平成の大修理」の一環で、天蓋が外されているのです。自分が生きているうちに、もう一度見ることはできない貴重な機会ということで、足を運んでみました。

平等院鳳凰堂は、平安時代に藤原頼道が建立した、世界遺産です。創られた当時は末法思想が民衆にまで広がっていたといいます。不安だらけの世の中にあって、極楽浄土を現世に実現させようとつくられたのが、平等院鳳凰堂です。4年ほど前に、CGを駆使して、当時の極彩色な内装を再現したドキュメンタリーがNHKで放送されていました。

天蓋も、その極楽浄土にあって、阿弥陀如来を囲っています。仏の救済の比喩なんだそうです。材質はヒノキで、漆を塗ってその上に金箔を張っています。つくりは緻密で、絵柄はダイナミック。当時の人々の思いの強さが伝わってくるような、美しさと迫力がありました。これを目の前につぶさに見ることができたのは、まさに貴重な機会でした。



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