神輿が海に飛び込んだ!@和歌山・勝浦八幡神社

2007/09/09
神輿が担ぎ手ごと海に飛び込むという勇壮なお祭りが、紀伊勝浦にあります...神輿が川を渡るお祭りはいくつかありますが、丸ごと海に飛び込むとは実に荒々しい! どんなものか、この眼で確かめようと思いました。それにしても、この夏は強引な遠距離日帰りの旅が、非常に多い....自業自得ですが。

大阪から紀伊勝浦へ向かう最も早い列車は、天王寺8時2分発の特急「オーシャンアロー」。発車15分前に自由席の入口に並び、以前に乗車した時の教訓から、進行方向右手窓側の座席を確保しました。紀伊半島の先っぽ、海岸沿いをひたすら走るので、窓から太平洋が広がります。

きのくに線車窓

この特急が紀伊勝浦に着くのは11時35分。乗車時間3時間35分!特に白浜を越えてから、海岸線を走る時間がかかるのです。紀伊半島は広くて、難しい地形であることを痛感します。

きのくに線車窓2

紀伊勝浦駅に着くと、町内をくまなく動くために、レンタサイクルを考えました。駅の観光案内所に問い合わせると、近くの自転車屋さんを紹介してもらい、そこで1日500円でママチャリを借りることができました。

祭り見物の前に、紀伊勝浦名物のマグロで腹ごしらえ。カマトロの握りです。実に肉厚で旨い! お値段は3巻2000円と高め。

カマトロの握り

祭りのメイン会場は、勝浦八幡神社です。社務所で、お祭りの概要とスケジュール、地図が書かれた紙を1枚もらいました。そこのおばちゃんに祭りの楽しみ方を訊くと、「このお祭りはね、舟渡御がいいのよ。午後6時前に、あの場所から見ると最高ね」と神社から100mあまり離れたカーブミラーを指差しました。なるほど〜。

勝浦八幡神社

この例大祭は、海の安全と大漁を祈願して行われるもので、勝浦の住民数百人が参加するということです。午前中に神事が行われ、町内の行進や、ハイライトとなる神輿の飛び込みは午後から夕方になります。

神社の境内には「手踊り」を踊る女の子や「子供神輿」を担ぐ男の子が多数。顔には黒い墨がいたずらのように塗られていました。神社の周囲には、黄色や青、白、などの色のハッピを着た男たちが、酒のにおいを振りまきながら気勢を上げていました。この一帯は、祭りならではの華やぎとテンションの高さに満ちていました。

勝浦八幡神社・例大祭1

午後2時、子供たちを先頭に、町内を行進。神輿は威勢よくかけまわります。他のお祭りで見る神輿よりもふた周りほど小さい印象です。その分、神輿の上げ下げには勢いがありました。町内のところどころに水の入ったバケツがおいてあって、神輿が通りかかると、住民たちがバシャッとかけていきます。神輿も担ぎ手もびしょ濡れです。

勝浦八幡神社・例大祭2

午後4時すぎ、勝浦港の中を5隻の船がグルグルとまわる櫂伝馬(かいれんま)行事が始まります。中学生くらいから、30代くらいまでの男性が、年代ごとにグループにわかれて、乗船します。掛け声がなんとも郷愁を誘います。

勝浦八幡神社・例大祭:櫂伝馬行事

午後4時40分、ついに神輿が海に飛び込みます!まずは「大黒天」という小さな神輿。担ぎ手の足音の地響きとともにバシャーン!すごい迫力です。

勝浦八幡神社・例大祭:大黒天

午後5時過ぎ、まさに夕方の満潮時。今度はメインの神輿が2度飛び込みました。しかも岸から50m以上は離れたはず。担ぎ手は神輿と一緒に泳いでいるのでしょうか?気持ち良さそうに見えます。神輿が海に飛び込むのは禊(みそぎ)としての意味があるのだそうです。それにしても豪快です。

勝浦八幡神社・例大祭:神輿のみそぎ

フィナーレの舟渡御は感動的でした。5隻の櫂伝馬を先頭に、祭りに参加するすべての船が連なって、最後尾の神輿を先導するように漁港内を進んでいきます。港内には朗々と舟歌が流れます。確かに、お昼過ぎに神社で聞いた通りです。

勝浦八幡神社・例大祭:舟渡御

午後5時55分、神輿が神社に戻っていきました。出る時の威勢の良さとは違って、静かなご帰還でした。

勝浦八幡神社・例大祭3

海の男の荒々しさが出た、非常に見ごたえのあるお祭りでした。マグロもおいしかったし、あともう少し時間があれば、温泉に入ったのに....残念。合間に足湯につかっただけでした。

所要時間がかかるとは言え、あと1時間遅くならないと、落ち着いて日帰り観光ができません。あとは自由席2両のうち1両が喫煙車両というのも、ぜひ改善していただきたいと思いました。例えば、JR四国みたいに1両の半分で喫煙と禁煙を分けるとか。紀伊勝浦は、温泉がマイルドで、マグロが絶品なので、もっと利便性があって快適ならば、観光客がさらに増えて、地域振興につながると思うんですけどね.....


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天下の奇祭!? 芋競べ祭り@滋賀・近江中山

2007/09/01
毎年9月1日、東西二つの集落が里芋の長さを競い合うという珍しいお祭りが、滋賀県日野町で行われます。このお祭りは、平安時代末期から800年以上にわたって、地元の住民が親か子へ、子から孫へと伝えて来たということで、平成3年には国の重要無形民俗文化財に指定されました。これに似た祭りは全国どこにもなく、奇祭と呼ぶにふさわしいお祭りです。奇祭好きとしては、要チェックです!


最寄駅の日野駅へは、大阪から新快速に乗り、京都を越え、草津で乗り換えて貴生川(きぶかわ)へ。貴生川から近江鉄道に乗り換えます。近江鉄道は1時間に約1本という、実にのどかなローカル電車。西武鉄道のお下がりの車両を使ってます。大阪からは1時間40分余り、12時12分に着きました。(午後1時からの祭りに間に合うには、この電車が一番近い時間なのです)

日野駅から、儀式が行われる熊野神社、ならびにメイン会場の野神山へは約3km。バスは一日に3本しか走っていないし、タクシーもまばら。どうしたらいいものかと思ったら、駅前の食堂でレンタサイクルがあることがわかりました。なんと1時間100円! お店の人によると、自分以外にも、このお祭りを見るために借りた人が5人いたそうです。観光案内所で地図をもらって、ママチャリで向かいました。

お祭りに先立って、熊野神社で儀式が行われます。神社はこぢんまりとしています。祭りで使われる神饌が並べられていました。

芋競べ祭り;神饌

気づかぬうちに、社務所の広間で儀式が始まりました。裃を着た少年たちが、盃をかわします。この少年たちは、中山地区の東西から7人ずつ選ばれ、山若と呼ばれます。最低年齢は16歳。盃に酒を入れる時のアクションが大きくて独特です。ん?ホントに酒飲んでるの?

芋競べ祭り:儀式

ところで、このお祭りは、なぜ里芋の長さを競べるようになったのでしょうか? 神社で購入したパンフレットによると...

「だだぼし」という大男が里芋の芋茎でできた天秤棒をかついで、この中山地区にやってきたところ、天秤棒がポキリと折れてしまいました。代わりの芋はないものかとあちこち探しまわったものの、結局見つけることはできず、運んでいた土は山になってしまいました。「だだぼし」が里芋の芋茎を探したことが伝説となり、祭りになったということです。


儀式が終わると、少年たちが2組に別れ、孟宗竹(もうそうだけ)にくくりつけられた里芋を神社から運び出しました。

芋競べ祭り:里芋の運び出し

この里芋は、中山地区の東西で栽培されたもののなかで、最も大きいものを選んでいます。里芋は東西別々の道を通って、野神(のがみ)山へと運ばれていきます。

芋競べ祭り:野神山へ

山と言っても、そんなに高いわけではなく、ビルでいうと3階くらいの高さでしょうか。山上には祭場がつくられていました。小石がぎっしりと敷き詰められ、竹で囲いがつくられた、この斎場は、8歳〜14歳の子供たちが8月下旬から前日までかけてつくりあげるのだそうです。

芋競べ祭り:祭場

祭場では、神を拝み、三三九度の盃をかわし、神饌が備えられます。

芋競べ祭り:

さらに、角力(すもう)が奉納されます。勝敗がつくようなものではなく、あくまで儀式的なものです。

芋競べ祭り:角力

約2時間儀式が続いたあとで、最後にメインの芋の長さ競べが行われます。

芋競べ祭り:芋競べ

「じょうじゃく」というものさしで芋の長さを測るのだそうですが、これが全く厳密なものではありません。長さを測る東西両地区の三番丈(担当者)の意見が一致してはじめて優劣が決まります。それまで何度も測り直しです。今回は、東の方が明らかに長いのに、西の三番丈が意地を張って敗北を認めず、延々と測り直しが続きました。このへんが、少年に進行をまかせるリスクというべきか。会場には「空気読めよ」という冷ややかな視線と、「まあ意地っ張りな男の子だね」という温かい視線が交錯していました。

芋競べ祭り:長さの申告

囲いの外から、西の三番丈のお父さんが「そのへんにしとけ」とささやいたあとに、ようやく東の勝利が決まりました。西が勝つ年は豊作で、東が勝つ年は不作、という言い伝えがありますが、今年はどうなることでしょう?

滋賀・熊野神社


芋の長さを競べることのドラマ性はあまり感じませんでしたが、脈々と受け継がれるお祭りの素朴さに、「ああ、日本人は農耕民族なのだな」と実感を深めました。


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