誤信・迷信はこうして生まれる

2008/08/29
大半のヒトは、自分が平均以上の知能が高く、平均以上に公平であり、平均以下の偏見しか持たず、そして平均以上に車の運転がうまいと思っている。図々しいですねえ。でも、みんなそう思っています。なぜでしょう?

前回の情報分析本につづいて、今回も情報に関する本を読みました。人はなぜ迷信を信じてしまうのか、誤った情報に基づいて判断してしまうのかを、冷静に考察した本です。

「人間、この信じやすきもの」(著:T・ギロビッチ 新曜社)

まず、著者は、誤信の認知的要因について、
・何もないところに何かを見る(例:回帰の効果を過小評価してしまう)
・わずかなことからすべてを決める(例:仮説に合う情報だけを探そうとしてしまう)
・思い込みでものごとを決める(=期待や予想、先入観が新しい情報を解釈する際に影響を与える)

動機的要因については、
・自分が信じたいと望むことがらを、実際に信じてしまう
・良い話をしたいという欲求や要求が、他人に伝える情報の正確さを歪めてしまう
・社会的承認を過大視してしまう(自分自身と同じ考えを他人が持っていると過大視してしまう)

そのうえで、誤信の実例として、医学に基づかない全体論的健康法が信じられやすいことや、超能力信仰が社会に根強く残る理由などについても述べられています。

誤信の何が問題なのでしょうか? 信じたければ信じればいいのに、と思ってしまいますが、著者は「誤った推論や間違った信念を許容し続けることは、いつの間にかブレーキが聞かなくなる<危険な坂道>のようなもので、世の中を正しく見る能力をなくしてしまう危険がある。さらには、物事を批判的にみる能力をしっかりと育てておかないと、善意に基づくとは限らない多くの議論や警告に全くの無抵抗な状態となってしまう」。冷静であること、様々な角度から情報を検討すること、それに知性と健全な批判精神は大切なんですね。納得!
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8000体の石仏供養@京都・化野念仏寺

2008/08/24
京都の西のはずれにある化野(あだしの)念仏寺では、およそ8000体という石塔・石仏が、一年のうち二日間、ろうそくの明かりでともされます。千灯供養といって、地元では季節の風物詩として有名です。いったいどのような光景になるのでしょうか? 行って見ることにしました。

化野念仏寺付近の灯籠2


千灯供養は、毎年8月23・24日の地蔵盆の夕方、境内にまつられた多くの無縁仏にろうそくをお供えする行事です。平安から鎌倉時代にかけて、化野は、戦乱や疫病で亡くなった人たちの風葬の地だったということです。死者の供養のために、少しずつ石仏がまつられましたが、時代の変化に伴って地中に埋もれていったとされています。これらの石仏は、明治時代中ごろに境内に集められ、現在の姿にまつられました。以後、信者や地元住民の協力で、供養としてろうそくが供えられたことが千灯供養の始まりと言われています。

化野念仏寺に行くには、京都バスに乗らなくてはいけません。これが2路線で一時間に1〜2本と非常に少ないのです。この日は特に参拝客が多く訪れるというのに、行きの臨時便が見かけられませんでした。バスの時刻を調べずに行った自分は、結局、嵯峨嵐山駅から40分以上かけて歩いてしまいました。ちょっと遠いので、バスがなければタクシーがオススメです。

化野念仏寺付近の灯籠1


化野念仏寺に近づくと、道の両脇に灯籠が並び、お経が響いてきます。お寺は灯籠とろうそくのあかりで、オレンジ色に光っていて、日没の山の景色に溶け込んでいました。入口には団体ツアー客や地元の参拝客で列ができていましたが、待ち時間がすごく長かったわけではありません。入口で「行事協力維持料」として1000円を支払うと、パンフレットと一本のろうそくを受け取ります。順路にそって歩いて行くと、すぐに石仏の密集したエリアが現れました。

千灯供養@化野念仏寺


本堂やその周りの壁には、ちょうちんの数々。「無縁仏供養」「延命地蔵大菩薩」などと書かれています。
千灯供養:本堂前@化野念仏寺


千灯供養:本堂前の壁@化野念仏寺


列に沿って進むと、やがて無縁仏のエリアに。自分ももらったろうそくをつけて、近くに明かりのない石仏のそばの燭台に差し込みました。

千灯供養2@化野念仏寺


無数の石仏が並び、そこにろうそくが並ぶ光景は壮観です。が、これらの石仏が無縁仏であることを考えると、この世に残した念のようなものが伝わってくるような気がしました。

京都市中心部に戻るバスは大混雑で、化野念仏寺から四条河原町まで、1時間近くもかかりました。そのあと、JRが人身事故でダイヤが乱れたことに、ちょっとだけ肌寒さを感じてしまいました。
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情報を正しく分析するには...

2008/08/23
人は自分に都合の良い話を重視したり、経験が邪魔して誤った先入観に縛られやすいために、様々な情報に振り回されて失敗することが多いですよね。まさに、自分もそういう失敗を繰り返してます。ということで、少しでもそんな過ちをしないためにオススメという一冊を読みました。

「仕事に役立つインテリジェンス」(著・北岡元、PHP新書)

外務省出身で、日本のインテリジェンス研究の第一人者が書いた、判断力養成ハンドブック。さて、どれだけ役に立ちそうでしょうか?

人間誰しも、物事を見る際には、その人ならではのバイアスがかかってしまいます。全くのまっさらな状態で物事を見ることはできません。下記の3つのバイアスは、自分で意識することによって、判断の誤りを防ぐことができます。
・文化的・宗教的バックグラウンドによって生じるバイアス、
・ある組織の一員であることから生じるバイアス、
・利害関係によって生じるバイアス

一方、自分では意識できないバイアスがあります。それを引き起こすのが「ヒューリスティクス」(=判断や評価に至る思考のショートカットのこと)です。この本では5つにわけて紹介しています。
1)典型のヒューリスティクス:一方が他方の典型であったり、似ていたりすると、両者を短絡的に結びつけてしまう
2)利用可能性のヒューリスティクス:無意識のうちに思い出しやすいもの、、つまり利用しやすいものを重視してしまう
3)因果関係のヒューリスティクス:物事には必ず因果関係があると思い込んでしまう
4)修正のヒューリスティクス:無意識のうちに、とりあえずの結論を出してしまい、そののちにそれを徐々に修正する
  アンカリングのヒューリスティクス:とりあえずの結論がアンカー(錨)のようになってしまい、あとでいろいろなインフォメーションが与えられても充分に修正できない
5)後知恵のヒューリスティクス:過去に起こった出来事を振り返るときに、あれは自分がきちんと予測していたと無意識のうちに思い込んでしまう

これらのバイアスを克服するのに有用なのが、冷静な分析です。この本ではいくつか紹介しています。
・ベイズの定理:わずか一つか二つの例に基づいて、未来の出来事を予測すること。事前確率を組み合わせることで、わずかな情報のブレで判断が大きくぶれることを防ぐ
・競合仮説分析:整合しないインフォメーションが多い仮説を少しずつ減らし、整合しないものが少ない仮説にしぼりこんでいくこと
・リンチピン分析:前提と仮説を区別すること。リンチピンとは、車軸の両端に打ち込む楔のことです。

バイアスを取り除き、直感を大切にしながらも、冷静に分析を進める。結局はバランス感覚が大切、という至極当然の結論になっていました。方法論がいろいろと出てきてためになる本ですが、分析例が国家間の紛争だったところが残念。これが、占いとか、スポーツの分析とか、セールスマンの売り文句の判断とか、そういうわかりやすい例を出してくれれば、もっと面白くなったのに。
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主食を抜けば...

2008/08/23
久しぶりに、読書メモです。速読(フォトリーディング)セミナー以来、読書の習慣は定着して、スピードも上がっているものの、メモにまとめるスピードはまだまだ。

さて、今回は、3年前に10kgダイエットに成功したときのヒントとなった本「主食を抜けば糖尿病は良くなる!」の続編を読みました。

「主食を抜けば糖尿病は良くなる! 実践編」 著・江部康二 東洋経済新報社

タイトルに「糖尿病」と入っているために、その患者と家族以外は関係ないと思ってしまいがちですが、ダイエット、肥満改善、生活習慣の改善にも有益な情報が詰まっています。著者も糖尿病にかかっていますが、この本で紹介される糖質制限食を実践して、病状の悪化を防いでいるということです。

この本のポイントは「食後高血糖を防ぐ」ということにあります。ビーフステーキをたくさん食べても、糖質制限食を食べていれば大丈夫。逆に白い食パン一枚を食べても、糖尿病の人は高血糖になるので、それが心筋梗塞や脳梗塞につながってしまう恐れがあるというのです。

糖質をとると、肥満ホルモンであるインスリンが分泌されて、燃焼されなかったカロリー分の糖質が脂肪として蓄えられてしまうのに対して、脂質をとってもインスリンが分泌されないので、体脂肪にならない、というわけです。

この本では、糖質制限食とGIの違いについても書かれていて、GIでオススメしている玄米でも、糖尿病患者がとれば血糖値が大きく上がるので、糖質制限食はもっと糖質にこだわって制約をかけています。

糖質制限食は、徹底的であるほど効果がでるそうで、1)3食すべて糖質制限する、2)2食の糖質を制限する、3)1食の糖質を制限する、の3段階にわかれます。最初、ストイックに始めてから、緩めていった方が、効果がすぐにわかって継続しやすいようです。

ほかにも、食後高血糖を抑えるために、糖質をとり始めて30分後から、30分間の有酸素運動をすることが勧められています。

ただ、アラスカのイヌイットの食生活を引き合いに「脂質だけ食べても人間は生きていける。そのほうが人体には良い」という主張は、極端な議論のような気がしました。


自分も遺伝的には糖尿病になるリスクを抱えているので、今から日常的にケアすべきことを考える、よい機会になりました。でも、美味しいものも食べたいので、毎日3食を糖質制限するようにはしないつもりです。できるだけね。
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納涼スポットめぐり@岐阜・郡上市

2008/08/17
徹夜の盆踊り、郡上おどり、午後8時の祭のスタートまで、たっぷり時間がありました。そこで、郡上市の涼しいスポットを巡りました。これがとても心地よい場所ばかりだったのです。

1)大滝鍾乳洞
郡上八幡から車で10分あまりのところにある、鍾乳洞です。地底の滝としては日本一と言われる王滝が見られます。
大滝鍾乳洞1


入口までの急斜面を、珍しい木製のケーブルカーに乗っていきます。
大滝鍾乳洞のケーブルカー


中に入ると、期待通り、ひんやりとしています。気温は17度。肌寒いほどです。
大滝鍾乳洞入口


大滝鍾乳洞2


豊富な地下水が作り出した、さまざまな鍾乳石の造形が面白い!
大滝鍾乳洞3


大滝鍾乳洞5


大滝鍾乳洞6


しばらく歩くうちに、身体がしんと冷えてくるほどです。中の湿気が激しく、出口に向かうにつれて、メガネが曇る人の姿が見られました。


2)那比新宮神社
947年〜956年に建立され、国の重要文化財の指定を受けた仏像がご神体という、神仏混淆の神社です。修験道の厳かな雰囲気が伝わってきます。
那比新宮神社の鳥居


樹齢500年をこえる杉が鬱蒼と生い茂ります。
那比新宮神社の参道


本殿はこちら。古びて少し朽ちてきています。かえってそれが荘厳な印象を与えてもいます。
那比新宮神社の本殿



盆踊りの翌朝は、郡上市北部の白鳥周辺をまわりました。

3)長滝白山神社・長滝寺
平安時代に隆盛を極めた山岳信仰の地。そもそもは「白山中宮長滝寺」でしたが、明治時代の神仏分離政策で、神社とお寺に分割されてしまいました。道の両脇に神社名と寺名が記されています。
長滝白山神社・長滝寺


神社の境内の中心に、石灯籠があります。こちらは国の重要文化財に指定されてます。屋根までついてます
長滝白山神社の石灯籠


本殿も、ひっそりとして厳か。熊野本宮大社のような趣きも感じました。
長滝白山神社の本殿



4)阿弥陀ケ滝
日本の滝100選に選ばれる、落差およそ60mの名瀑。長滝寺の僧が修行中に、阿弥陀如来が現れたという言い伝えから、この名前がつけられたといいます。
阿弥陀ケ滝1


滝を覆うような緑が美しい! 水はひんやりと冷たくて気持ちいいです。マイナスイオンの効果は科学的に立証されたわけではありませんが、しばらく動けなくなるほどの心地よさでした。
阿弥陀ケ滝2


帰りがけに「元祖!」流しそうめんへ
阿弥陀ケ滝:流しそうめん1


天気は快晴。お客さんが押し寄せてきました。
阿弥陀ケ滝:流しそうめん2


さて、そうめんはこうやって流れてきます。上の段が右から左。下の段が左から右。
阿弥陀ケ滝:流しそうめん3


他の流しそうめんとはちがって、麺が適度な堅さで、つゆもあえて濃くしてあるところがGood!
阿弥陀ケ滝:流しそうめん4


岩魚(いわな)もいただきました。肉厚です。流しそうめんとセットで1100円でした。
阿弥陀ケ滝:流しそうめんの岩魚



5)石徹白(いとしろ)の大杉
白山登山ルートの登り口にある大杉で、国の特別天然記念物。たどりつくまでに車一台が通れるくらいの細い道をおよそ3km進んでいくのです。カーナビも認識していない道を進んでいくと、登山口につきます。
石徹白の大杉:案内表示


山道をおよそ10分歩いていくと、ようやく現れます。
石徹白の大杉1


樹齢およそ1800年。高さ25m、幹回り13m。この迫力。厳粛な気持ちにさせてくれます。
石徹白の大杉2


実際に触れることはできませんが、ぐるりと周囲をまわってみました。
石徹白の大杉3


石徹白の大杉4


石徹白の大杉5


石徹白の大杉6



6)白山中居神社(はくさんちゅうきょじんじゃ)
最後に、白山中居神社に寄りました。言い伝えによると、西暦82年に創建されたという歴史深い神社です。山道の両脇に立つ杉の巨木の迫力に圧倒されます。
白山中居神社の参道


イザナギノミコト、イザナミノミコトを祀ったのがはじまりと伝えられています。巨木に護られるようにひっそりと立つ社殿。荘厳な雰囲気です。
白山中居神社の本殿


社殿正面の彫刻は、神社というよりも、お寺のようです。江戸時代の作で、岐阜県の重要文化財に指定されています。
白山中居神社の本殿彫刻



緑が深くて、水と空気がきれい。天候に恵まれて、空がとても青くて美しかったです。心身の奥深くからリフレッシュされました。
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