ぐるっと山口めぐり:午後の部

2009/02/15
秋吉台の山焼きを観た後は、山口名所めぐりの再開です。

1)秋芳洞(あきよしどう)
東洋有数の大きさといわれる鍾乳洞です。いったい、どれくらい大きいのでしょうか? 山焼きウォッチのための駐車場所としていた、黒谷口から入りました。入場料1200円。
秋芳洞黒谷口


全長およそ1kmにわたる鍾乳洞の中は、温度は常に17度で安定しています。
秋芳洞入口の看板


鍾乳洞というと、頭をぶつけそうになりながら、狭い中を進んで行くイメージがありますが、秋芳洞はとにかく広くて大きい。最も広いところで幅200m、高さ80mにも達する巨大な空間が広がっていて、さながら地下帝国の要塞のようです。暗がりのため、自分のカメラでは表現できません...
秋芳洞1


鍾乳洞と言えば、石灰を含む水が落ちつづけることによって起きる様々な形の地形や、つらら、石筍を見て楽しむのですが、とにかくここはスケールが大きい。これは、見どころのひとつ「黄金柱」です。高さ15m、幅4mもあります。
黄金柱@秋芳洞


結局、1時間余りで、往復してきました。秋芳洞では、2cmのつららができるのに、およそ200年。同じく2cmの石筍ができるのに、およそ300年かかるのだそうです。このタイムスケールの大きさを聞くと、ヒトの人生の短さ、はかなさを感じました。
秋芳洞2




2)秋吉台カルストロード
山焼きが終わったばかりの秋吉台。通行規制が解禁された直後に、カルストロードをドライブしてみました。まだ所々で白煙が上がり、パチパチと燃える音がする箇所もありました。全体に焦げたにおいがしました。
山焼き直後の秋吉台カルストロード



3)ばりそば
山口市内とその近郊で食べられている麺料理。揚げた麺がばりばりしていることから、名づけられたのだそうです。その発祥の店「春来軒」に行ってみました。午後2時30分に到着。お昼の営業時間にギリギリ間に合いました。

直径30cmはあろうかという皿に、キャベツ・筍・干し椎茸・長州地鶏など、8種類の具がこんもりと載っています。その量の多さに、一瞬たじろぎます。
ばりそば@山口・春来軒


でも、麺が伸びないうちに食べないと...ということで食べ始めると、あら不思議。あっさり味のおかげで、あっという間に食べ終えてしまいました。意外なほどにスッキリとした食後感でした。


4)瑠璃光寺五重塔
1442年につくられた、国宝の五重塔です。山口の文化的シンボルとも言えます。京都の東寺や奈良の法隆寺と違って、屋根が桧皮葺のためか、薄くてスマート。反りも軽快です。
瑠璃光寺五重塔


瑠璃光寺に行って驚いたのは、拝観料を取らないことです。京都や奈良では、当たり前のように払っていたので、その気前の良さ?に感銘を受けました。


5)常栄寺雪舟庭
瑠璃光寺から車で5分ほどの近さにあります。室町時代中頃に、大内氏の依頼をうけた雪舟が築庭したとされています。思ったよりも広く、ダイナミックに石が置かれているのが印象に残りました。
常栄寺雪舟庭



この日の最高気温は15度と、2月中旬にしては記録的な暖かさでした。梅も満開で、歩きやすい一日でした。
瑠璃光寺の梅

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これぞ火の海@秋吉台山焼き

2009/02/15
今回の山口の旅の目的、春恒例の秋吉台の山焼きに行きました。秋吉台は、海底が隆起してできた、日本最大のカルスト台地で、総面積は54平方キロメートルにも及びます。石灰石の岩肌が独特の景観を作り出しています。

山焼きは雨や風で、いきなり中止になることもあります。当初のスケジュール通りに見られるかどうかは、運の良さも必要かもしれません。当日は、午前8時から交通規制が敷かれる道路があったり、駐車場がいっぱいになる恐れがあるなど、土地勘のない自分がハマるとどうなってしまうのか、不安な要素がたくさんありました。が、点火が始まる午前9時30分には、最も見晴らしの良い展望台付近から見られるように考えました。

午前8時、萩市中心部のホテルを出て、秋吉台の展望台を目指します。さすがに展望台のすぐ近くに来ると、渋滞が始まっていました。さらに最寄りの駐車場は満車で、展望台から坂を下りたところにある、秋芳洞黒谷口前の広場に車を駐車しました。着いたのは午前8時45分頃。そこから展望台までは、近道で徒歩15分程度でした。

展望台前は、朝早くから陣取ったようなカメラオヤジがずらりと並び、三脚をがっしりと立てています。普通の観光客もかなり多く来ていました。さて、自分の立っていた場所から、山焼きが始まる前の景色は、こんな感じでした。
山焼き開始前1


山焼き開始前2


午前9時30分、合図の花火がドーンと上がります。なにせ秋吉台は広くて、面積がもあります。新聞記事によると、点火に参加した地元の人やボランティアの数は、合わせておよそ900人です。
山焼きボランティア


棒や松の葉にガソリンを浸して点火、あちこちに火をつけていきます。
山焼き点火


最初は、パチパチという乾いた音がします。近くで地味に燃えているだけ。ところが、30分を過ぎたころから、あるブロックで火の勢いの激しい場所を発見します。
秋吉台山焼き1


火を境に、黒く焦げた場所と、これから燃える場所がくっきりとわかれます。
秋吉台山焼き2


火の勢いが激しくなると、野菜炒めのような、ジャーッという音に変わります。あっという間、15分で一面が黒く染まりました。
秋吉台山焼き3


でも、全体から見ると、黒く焼けた場所はまだまだごく一部。どうも2日前の雨で地面が湿っているため、例年よりも火の勢いがないということです。
秋吉台山焼き4


開始から1時間半、ようやくすいてきた展望台に上がって遠くを見ると、このような景色。まだまだ明るい地面が大半です。
秋吉台山焼き5


ところが、ほどなくして、あちこちで火の勢いが増して、周囲が煙で包まれ、燃えかすが飛散するようになりました。
秋吉台山焼き6


秋吉台山焼き7


さらに風が強くなって、燃える範囲が広くなります。一帯は立ち上る煙に包まれます。山の稜線に沿って火の帯ができました。肉眼では、もっと煙が薄くて、火の勢いを感じます。このとき、ふと「天城越え」の「山が燃える〜」のサビが脳裏にリフレインしました。
秋吉台山焼き8


こうして、一部を残して、秋吉台は黒く焼けた場所になります。
秋吉台山焼き9


秋吉台山焼き10


12時5分前、火が落ち着いたころの秋吉台です。白い岩のようなものは、石灰岩。日本最大のカルスト台地のゴツゴツとした、岩です。
秋吉台山焼き11


焼け跡を近くで見ると、白い粉が散らかったように見えます。これはやはり石灰成分が粉末化したものなのでしょうか? ここから、4月にはフキノトウやワラビなどが出てくるのだそうです。
秋吉台山焼き12


ほぼすべての山焼きを見終わるまでに、およそ3時間かかりました。すごい迫力でした。自分もすっかり煙の香りにまみれてしまいました。いぶされたみたい。まだ焼けていない土地は、2週間後の夜の山焼きのためにとってあるのだそうです。

当たり前のことですが、ヘリコプターから撮影された映像よりも、自分の近くで見学した時のほうが、迫力をひしひしと感じました。メラメラと上がる蜃気楼と、焦げた臭い、そしてダイナミックに山全体が燃えるような風景が脳裏に焼きつきました。
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歴史を感じる街めぐり@山口・萩

2009/02/14
秋吉台の山焼きのスケジュールに合わせて、その前日に古都・萩をまわることにしました。萩と言えば、江戸時代の城下町の町並みが当時の姿のまま残されていることや、「一、楽。二、萩。三、唐津」と言われるほどの茶陶の名産地でも知られます。

新山口からレンタカーを使って1時間。萩に着いたのはお昼過ぎでした。半日で萩を巡るにはどうしたらいいでしょうか? 自分にとっての街歩きのルールは(1)最も街の中心から離れた名所から始めること、(2)閉館時刻が早い場所を早めにまわること、(3)キャラがかぶる場所が複数ある場合には、歴史的・文化的な意義の有無、ビジュアルに訴える要素が強いことを考慮して一カ所にしぼる、ということにしています。そのルールに従って、町の中心から離れた場所からまわりました。

1)東光寺
黄檗宗の名刹です。こちらは三門。
東光寺三門


ここで有名なのは、萩藩の藩主だった毛利氏の廟所です。
毛利氏廟所1


なんと500基を越える石灯籠が整然と並びます。
毛利氏廟所2


ひっそりとして、ちょっと不気味なほど。
毛利氏廟所3


鳥居があることに、一瞬「あれっ?」と思います。神仏習合の地だったのでしょうか。
毛利氏廟所4


2)松下村塾
およそ1km移動して、松陰神社へ。文字通り、吉田松陰をまつった神社ですが、その境内に松下村塾が当時の姿のまま建っていました。本当に小さい家屋です。
松下村塾


この狭い8畳間で、高杉晋作や木戸孝允、伊藤博文が勉強していたんですね...大阪の適塾を思い出します。
松下村塾室内


すぐ近くに伊藤博文の旧宅があります。こんな狭いコミュニティの中から、明治維新を担った男たちが輩出されたことに、改めて驚きます。人材は、意識の高い人が集まる環境の中で育まれるものだということがわかります。
伊藤博文旧宅


3)萩城跡
どこかでランチを食べたかったのですが、訪れたい場所がことごとく冬期の短い開館時間で運営されているため、後回し。いそいそと萩城跡へ。車で10分もかかりません。
萩城跡


天守閣は明治7年に解体されてしまい、今残るのは石垣と茶室のみです。
萩城在りし日の写真


その茶室も、3月にならないと開けられません。お茶も飲めずに退散。

4)萩の城下町
17世紀に建てられた町家、菊屋家住宅。国の重要文化財に指定されています。
菊屋家住宅


萩の豪商だったということで、庭も立派。
菊屋家住宅の庭園


そのすぐ近くには、城下町の町並みが当時の姿に近い形で残っています。
萩・城下町1


白壁や生け垣の低さが印象に残ります。
萩・城下町2


この日は最高気温が20度近くまで上がる、2月の観測史上最高の暖かさ。梅が満開です。
萩・城下町3


この後、石井茶碗美術館に行ってみたら「本日休館」、熊谷美術館では「3月上旬まで閉館」と、残念な札がかかっていました。これでは、萩焼の魅力を感じる機会がない...

5)道の駅
「萩しーまーと」に行ってみました。面白かったのは、全国の道の駅でも唯一のマフグの活魚販売。なんとマフグが泳いでいるのです。
マフグの活魚販売@萩しーまーと


その近くには、産業遺跡「萩反射炉」があります。江戸時代末期につくられた、兵器生産用の実験炉。地元のパンフレットには「世界遺産候補」とありましたが...ホント?
萩反射炉1


残されているのは、煙突部分のみ。こうやって仰ぎ見ると、ゴシック様式の教会っぽく見えます。
萩反射炉2



こうやって歩いてみると、江戸時代から明治維新まで、歴史のつめ痕が色濃く残されていて、この街が持っていた活気が伝わってきます。そう考えると、今の政府が残したものって、道路しかないんじゃないかという気がしてきます。
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ウニの食べ放題!?

2009/02/06
北海道・羅臼から直送されたバフンウニを、文字通り心ゆくまで味わうという豪快なイベントが、麻布十番の焼肉店(!)で行われました。会費はひとり3,500円。今まで、一食に大量のウニを食べるのは、漁師町のウニ丼以外には記憶にありません。いったい、どういう会になるのでしょう?

この焼肉店の元オーナーで、今は栃木県佐野市のイタリアンを経営している、Mさんの友人・知人を中心に、参加者はなんと78人!

席に着くなり、まず出て来たのが、板に乗ったウニ。ひとりに一折りあります。右側のは特にボリュームがあるので、これひとつで3人分。と言っても、かなり多い。
羅臼ウニ祭り1


これをごはんに載せていただきました。しょうゆ、わさびとのコラボが最高です。ふだん、ごはん一口にウニをちょこっと載せるのが普通ですが、今回はごはんとの比率が1対1くらいの感覚です。どーんと豪快な漁師メシが出て来たような気分です。ここで早速、日本酒を発注。

これとあわせて、殻つきホタテをいただきました。これまた大きくて、しかも香ばしいのです。

続いては、殻つきウニです。こうやって集合体で見ると、タワシのバーゲンセールのようですが...
羅臼ウニ祭り2


はさみで切って、中を覗くと、実がしっかりと入っていることがわかります。
羅臼ウニ祭り3


この殻つきウニを、ひとり6個以上はいただいたでしょうか。でもまだ「おかわり」が残ってました。参加者からは、賞賛と、どよめきの声が上がってます。オーナーは「ウニはまだまだあるぞ!俺は他人にはできない、でっかいことをやるんだ!」と意気軒昂でした。

北海道のウニは、淡路島のものと比べると、味が強くてまったりとした印象があります。ところが、産地で2日前に獲れ、直送されて来たばかりのバフンウニは、その特色が少し薄れてすっきりした感じがしました。プリン体の許容値をオーバーして通風になるのではないかと、少しビクビクしていましたが、その後も特に兆候や問題はありませんでした。

それにしても、こんな贅沢なイベント、おそらく二度とないのではないかと思われます。誘っていただいたオーナーに感謝です。ごちそうさまでした。

*このバフンウニ、「佐野プレミアムイタリアン」の通信販売サイトで購入できるということです。オーナーから「宣伝をヨロシク」ということでしたので、URLもつけときます。
http://www.sano-pi.com/store/index.php
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