奇祭ダブルヘッダー(2)田県神社豊年祭@愛知・小牧

2009/03/15
大縣(おおあがた)神社と田県(たがた)神社の豊年祭を訪れる奇祭ダブルヘッダー、後半は田県神社です。田県神社の豊年祭は巨大な男根をかたどった神輿が練り歩く、かなり有名な奇祭で、「ち○こ祭り」と呼ばれることもあります。

午後2時過ぎ、名鉄小牧線の田県神社前を降りると、ホームにあふれそうなほどの観光客が下車します。大縣神社よりもはるかに多いのが一目瞭然。さらに、事前の情報どおり、外国人観光客の姿が数多く見られます。彼らはどんな情報をもとにやってくるようになったのでしょうか?


駅から歩いて5分ほどのところに、田県神社はありました。すでに、かなり多くの観客が境内で神輿の到着を待っていました。
田県神社豊年祭:境内


田県神社の創建は弥生時代と伝えられ、お祭りもおよそ1500年続いてきているというものの、その起源はよくわかりません。男根を神輿にするのは「産むは生む」に通じているということで、万物育成・五穀豊穣・国土発展などの願いが込められているということです。
田県神社豊年祭:境内2



祭りのスケジュールを確認すると、神輿が境内に入るまで、まだまだ時間があることがわかりました。
田県神社豊年祭:スケジュール


そこで、境内を歩いてみると、男根を象った石やオブジェが至る所に見つかります。
田県神社:境内の男根形の石


田県神社:境内の男根形の石2


田県神社:境内の男根形の石3


境内の奥にある奥の宮。この看板を読むと、なぜ男性器を崇めようとするのかがわかります。
田県神社奥の宮の看板


奥の宮の天井には、こんな鈴が!
田県神社奥の宮の鈴!


奥の宮の脇には「珍宝窟」があります。ここにある二つの玉を両脇からなでると、諸願成就するということです。玉と玉の間からお賽銭を入れると、「チン!」と鳴ります。
田県神社:珍宝窟


なんと、この珍宝窟のご利益を授かろうと、参拝客が順番待ちの長い列をつくっていました。
田県神社:珍宝窟への列


今度は、屋台を見て回ることにしました。すると、あるわあるわ、オリジナルな商品。見ていて面白いです。一番人気は「さずかり飴」でした。
さずかり飴の幟


さずかり飴


さらに、チョコバナナも「その形」になっています。
田県神社の屋台:チョコバナナ


特殊なフランクフルトもありました。焼く前に本体に切り込みを入れると、かなりいい形になります。
田県神社の屋台:フランクフルト


この名前がズバリ「珍宝焼」(ちんぽうやき)! 味は普通のフランクフルトですが、ちょっとした工夫で、行列ができるのですね。
田県神社の屋台2:フランクフルト


いろいろ見て楽しんでいるうちに、神社前の道路に人だかりができていました。お旅所を出た行列がようやく近くまで来たようです。
田県神社豊年祭行列1


その後ろには、巫女さんが、大きなこけしのような、男根のようなものを大事そうに抱えていました。かなり照れくさいみたいですが、子供を授かるご利益があるそうです。
田県神社豊年祭行列2


つづいては、神輿が登場します。威勢よく、ぐるぐると回ります。
田県神社豊年祭行列3


最後はお待ちかね「大男茎形(おおおわせがた)」の神輿が登場します。でかっ!木曽ヒノキでできていて、長さ約2.5m、太さ約50cm、重さ約300キロもあるということです。
田県神社豊年祭行列4


「ワッショイ!ワッショイ!」と、威勢よく、この神輿を担ぐのは、厄年の男たち約120人です。
田県神社豊年祭行列5


近くで見ると、さらにスゴい。
田県神社豊年祭行列6


午後3時半、境内の人込みから逃れるかのように、神輿は本殿に挿入...ではなくて、入っていきます。その後、本殿内で例大祭が行われます。担ぎ手の神妙な表情と、リアルな神輿のコントラストがシュールですねえ。
田県神社豊年祭 例大祭


午後4時過ぎ、祭りのフィナーレとして、餅投げが行われました。今まで見た餅投げのなかでは、最も大きくてしっかりとした餅です。当たりどころが悪ければ、怪我しそうな感じもします。境内アナウンスで「危ないので、お年寄り、ご婦人、メガネをかけた方、カメラを持った方はご遠慮ください」と再三注意されていたのが、印象に残りました。
田県神社豊年祭 餅投げ



行列を見学していたとき、自分の後ろで見ていた外国人観光客が笑いながら、
"you japanese are nuts" (君たち日本人はおかしいよ)とツッコミを入れてました。

これほど立派なモノをよりどりみどりで見せられると、自分としては多少ゲンナリしてしまいます...が、逆にテンションがアゲアゲの観客も少なからずいました。とにかくインパクトが強い! 外国人ウケがいいのは、とてもよくわかりました。だって、アレは万国共通ですし。

*翌日の記事によれば、観客が18万人も来ていたそうです。大縣神社の豊年祭は4万人。
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奇祭ダブルヘッダー(1)大縣神社豊年祭@愛知

2009/03/15
「奇祭」と言われるお祭りに行くと、必ず「天下の奇祭」とか「日本三大奇祭の一つ」という触れ込みがつきますが、意外とインパクトに欠けたりして、肩すかしを食らうこともあります。しかし、この日見に行くメインの奇祭は、国際的にも有名な田県(たがた)神社の豊年祭。男性器(要するに、ち○こですね)がご神体という強烈なインパクトで、かなり期待できそう。毎年3月15日に行われます。

それと対をなすかのように取り上げられるのが、大縣(おおあがた)神社の豊年祭。姫宮の祭りであることや、田県神社との対比からか、「ま○こ祭り」と呼ぶ人もいるのだとか。毎年3月15日に近い日曜日に行われます。

今年は3月15日が日曜日ということで、この二つのお祭りが同日開催されます。しかも、田県神社と大縣神社は名鉄小牧線の隣駅に位置するというロケーション!ということで、祭りのハイライト時間を調べて、ハシゴすることにしました。


さて、まず向かったのは、大縣神社です。午後0時45分頃、最寄りの楽田(がくでん)駅に着くと、駅前で交通整理をしていた警官に「もうパレードは行っちゃったよ」と言われ、愕然。神社へと急ぎます。パレードには「飾車行列」と「神幸行列」の2通りがあって、行ってしまったのは「飾車行列」のほう。これが、花嫁姿の福娘を乗せた飾り車が登場するなど、面白いそうで...あとで確認すると、午後1時10分には飾車が神社に着くのだそうです。ああ〜、下調べが足りなかった...

大縣神社豊年祭スケジュール


大縣神社に向かう途中の諸钁(もろくわ)神社に寄ってみると、神幸行列の人たちが準備をしていました。
大縣神社豊年祭の巫女たち


まだ出発しそうになかったので、大縣神社へと急ぎます。道の両脇には幟が点在しています。こっちの絵は棟方志功っぽいのですが...
大縣神社豊年祭の幟1


こっちの絵ですが、口をよーく見ると...
大縣神社豊年祭の幟2


驚きながらも早足で進むと、15分ほどで神社に着きました。高い木立に囲まれて、いい雰囲気です。社伝によると、紀元前3年に今の場所に移って来たという、古い歴史があります。
大縣神社境内


拝殿に風格を感じます。この奥にある本殿は「尾張造り」という構造で、国の重要文化財に指定されています。
大縣神社本殿


もう少し奥に進むと、姫の宮があります。女性の守護神、玉比(たまひめ)売命を祀ります。
大縣神社姫の宮


姫の宮の奥に、ひっそりと「姫石」がありました。よくこんな石を見つけてくるなぁ。これこそ「奇石」なり!
大縣神社の姫石


姫の宮の隣には「開運招福ミニ鳥居」がありました。くぐるとご利益があるとか。200円払って、自分もくぐってみましたが、意外とすんなり通り抜けられました。
大縣神社・開運招福鳥居くぐり


境内をウロウロしているうちに、「わっしょい!わっしょい!」と掛け声が聞こえてきて、拝殿に巨大な鏡餅が担ぎ込まれました。なんと米10俵(約600キロ)もあるそうです。
大縣神社豊年祭献餅


午後1時40分、大縣神社を後にすると、諸钁神社からやってきた神幸行列とすれ違いました。先頭に立つのは、厄年の男性が天狗の面をつけた「猿田彦」です。
大縣神社豊年祭神幸行列1


つづいて、巫女、神輿と続きます。神幸行列自体は、それほど長い列ではありませんでした。
大縣神社豊年祭神幸行列2


飾車行列を見られなかったので断定できませんが、奇祭としてはおとなしい印象を受けました。ただ、境内にそっと置かれた姫石や豊年祭の幟など、他では見られないオリジナルな魅力がありました。

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京の冬の旅2009@伏見稲荷大社&妙心寺

2009/03/14
毎年1月中旬〜3月中旬の、いわば京都観光冬の季節に行われる「京の冬の旅」非公開文化財特別公開ですが、キャンペーン最終週にようやく行くことができました。今までは、すべての特別公開をしらみつぶしのようにあたってきましたが、5年目にもなると、どの公開が見応えのあるものか、なんとなくですが見当がつくようになりました。ということで、3カ所に絞って行くことにしました。

1)伏見稲荷大社 お茶屋
建築好きとしては、見に行きたかった場所の一つです。江戸初期に仙洞御所にあった建物が移築されたと伝えられ、国の重要文化財に指定されています。

伏見稲荷大社お茶屋入口


中に入ると、付書院、違い棚など、書院造ならではの質実剛健とした特徴を持ちながら、床柱が丸かったり、点前座の天井が低くなっていたり、欄間が菱形格子になっていたりと、数寄屋造の特徴が混ざっていて「あれっ?」と思わせるつくりになっていました。書院造と数寄屋造の併存は、確かに珍しいですね。

お茶屋の横に広がる庭園は、豊かな苔で覆われて、見事な眺めでした。写真撮影禁止なのが、本当に残念!


2)妙心寺 三門
一年にたった一日しか開かないという、妙心寺三門。実に23年ぶりの一般公開だそうです。朱塗りの鮮やかさとは対照的に、1599年造営という古さに驚きます。勾配のきつい階段を上がり、楼上に着くと、内部の鮮やかさに目を奪われます。龍や迦陵頻伽(かりょうびんが)が描かれた天井から、隙間なく緻密に描かれた梁や柱、観音菩薩像や十六羅漢像まで、すべてが極彩色でした。これだけ鮮やかに保存されているのも、普段ほとんど開かれることがないからなのだそうです。少し大げさに言えば、平等院鳳凰堂や東大寺大仏殿の完成当時の再現CGを、生で見るような感覚がありました。


3)妙心寺 衡梅院(こうばいいん)
三門見学の流れで、午後4時の受付終了直前に滑り込みました。1480年に室町幕府の管領・細川政元によって創建された塔頭です。重要文化財の方丈よりも目に留まったのは、「四河一源(しかいちげん)の庭」。杉苔の緑が一面に広がっていて、縁側に座ってしばらく眺めるうちに、とても落ち着きました。茶室「長法庵」も、楠の一枚皮で張られた天井や、奥行きの深さを感じさせる室床など、風情を感じるつくりでした。


残念だったのは、貴重な特別公開なのに、撮影禁止の規制がとても厳しかったこと。撮影そのものを規制するよりも、フラッシュさえ規制できれば、文化財の保護はできるはず。確かに、一部の観光客の撮影マナーの悪さは目に余るものがありますが、旅の記憶を鮮やかにとどめるには、2、3回分の撮影、もしくは、「フラッシュ・三脚および一脚禁止」にすることはできないだろうかと思うのです。
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いま、経済はどうなっているのか?

2009/03/10
いったい、いま経済はどうなっているのか? 去年の秋から急ブレーキがかかったように経済が悪化したのはなぜか? この悪い状態は、今後どうなるのか? どうすれば状況は改善するのか? いま、経済をめぐる「?」が渦巻いています。誰もが、その「?」から座標軸を探して、自分の立ち回り方、身の振り方を定めたいと思っているはず。

そんな嵐の中での経済の現状がどうなっているか、大いなる示唆を与えてくれる一冊がありました。

「グローバル恐慌 ー 金融暴走時代の果てに」著・浜矩子 岩波新書


2008年9月15日のリーマン・ブラザーズの倒産をきっかけに「地獄の扉が開かれた」といいます。その後の急速な悪化は、ニュースで伝えられている通りです。著者は、今の経済の状況を「グローバル恐慌」と呼びます。「経済危機」「金融危機」といった生易しいものではなく、「恐れと慌て」が世界に広がっていると見た方が正確だと思われるからです。

この本では、グローバル恐慌の引き金を引いた金融の暴走の源流にまでさかのぼります。それが1971年のニクソン・ショックだというのです。金本位制の放棄から、管理通貨体制に移行し、アメリカ経済のインフレ化が進む。それが金融の自由化→金融の証券化と、コントロールできないレベルにまで金融が一人歩きを進めた過程が描かれます。

この本を読んでいいな、と思うのは、歴史に学ぶ姿勢がしっかりとしていること。迷った時は歴史に学べ、とはよく言われることですよね。「なるほど」と思ったのは、過去の例をみたときに、恐慌は限界に達した経済の歪みを、ある均衡点に戻すための過激な自己浄化作用だとも考えられるということです。それは風邪をひいた時に、体から熱を出して、毒を放出することにも似ているように思えます。そう考えると、ポジティブな気分になれますよね。ただ、10年はかかるのではないかと、著者が示唆してるのが気がかり。

ところが、今のグローバル恐慌は、単純に歴史を学べば解決する話ではありません。これだけの規模での世界同時恐慌は例のないことですし、金融とモノ経済の乖離が進んでいる現状も初めて。そのなかで今後の大きな課題は、グローバル時代における金融の役割をどうするか。金融とモノの経済との関わりをどうするのか、ということだと著者は指摘しています。

いまは、問題がどれだけ深刻なのかがわからない状態ですから、まだまだ先が見えません。それに、目の前の失業をどうするか、モノが売れない現実をどう変えて行くのかもわかりません。そういう意味では、経済全体がある均衡点を探るように、世の中や経済とすりあわせながら、自分なりの原点や均衡点を求めて、踏み出していくしかないのだな、と思いました。

戦後の混乱期をくぐりぬけた人がその後の社会をつくりだしたように、今の苦境をくぐり抜けられる人こそが、その後の安定と繁栄を勝ち取るのでしょう。そのためにも、現状を知らなければいけない。いい勉強になった一冊でした。
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アメリカ社会の底辺で広がる恐るべき実態

2009/03/02
最近、ブログの更新が途絶えているので、このへんで、読書感想をひとつ。新幹線に乗る前に本屋に平積みしていた本をGet。

「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」著・町山智浩 文芸春秋


現代のアメリカ社会の悲惨な実態を知るには絶好の一冊でした。特に、自分を含めて、日本人には縁遠いキリスト教原理主義がわかるようになります。聖書の一句一句を信じようとする生き方で、なんとアメリカ人の3割が信仰しているというのです。ブッシュ前大統領は、彼らの支持を得て当選したと言われています。

キリスト教原理主義の何が危ないって、なにせ反知性、反科学が徹底している。進化論を否定し、人口中絶を否定し、ES細胞を否定する。しかも、その考えを他者に強要するところが悪質です。

さらに、FOXニュースの偏向報道ぶりや、歴然としすぎた格差社会の実態、イラク戦争の裏側で起きていたことなどが、シンプルな文体で書かれています。あっという間に読み終えてしまいます。

これを読んで思ったのは、アメリカは前大統領・ブッシュ政権の8年間ですっかりおかしくなってしまったのかもしれない、ということ。しかも、社会や経済の歪みが、オバマ大統領の力でも、戻せないところまできている感じがします。ただ、そうは言っても、アメリカの知識層の幅広さと奥行きの深さに感銘を受けることは、今後もあるでしょうけど。

グローバリゼーションで、フラット化した経済にあっては、ひとりひとりが切磋琢磨して勉強しつづけ、アウトプットを出し続けなければ、あっという間に社会の底辺に転落してしまう。日本社会もそうなってきていますが、アメリカ社会では、もっと過激で、もっと進んだ形で現れてきてしまっています。これではいずれ社会不安が起きても不思議ではない気がします。ゾッとする気持ちにもなりました。
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