牧歌的!山の辺の道ウォーク

2009/06/21
天理から、石上神宮を通って桜井市の大神神社に至る道は「山の辺の道」と言って、日本最古の道と言われています。およそ15kmの道には、古墳群や古刹、農地などが並び、昔からそれほど変わらぬ景色を楽しむことができます。

山の辺の道11遠景


石上神宮への参拝が想像よりもすぐに終わったことで、すぐに帰宅するのは惜しいと感じました。この日の天気予報は午後から雨でしたが、空を見上げると薄曇り。手元には天理駅でピックアップした「山の辺の道」の地図。天気予報を気にしておそらく誰も歩いていないであろうという予感もあって、行けるところまで歩いてみようと思い立ちました。

午後1時10分すぎ、石上神宮を出発しました。
山の辺の道1石上神宮


道端には歌碑があります。山の辺の道は、万葉集ゆかりの地であることがよくわかります。
山の辺の道2歌碑


農地の間を歩くところも。
山の辺の道3農地


やがて、夜都伎(よとぎ)神社に着きます。常駐の神職がいるわけではなく、ひっそりとしていました。
山の辺の道4夜都伎神社


全行程中、最も華やかだったところが、こちら。
山の辺の道5沿道の花


途中、山の辺の道を外れて、大和(おおやまと)神社へ行きました。692年、持統天皇が藤原京造営のときに、伊勢・住吉・紀伊の神とともに、伺いを立てたという、国家との関わりの深い神社です。参道からして立派な雰囲気。14時15分でした。
大和神社参道


こちらは、大和神社の拝殿。
大和神社拝殿


山の辺の道に戻ると、ここからは古墳が現れるようになりました。古墳の群集地帯らしく、緑が生い茂ってこんもりと小高い山はことごとく古墳でした。これは衾田(ふすまだ)陵。全長230mの前方後円墳です。
山の辺の道6衾田陵正面


山の辺の道7衾田陵


こちらは、燈籠山古墳。
山の辺の道8燈籠山古墳


つづいて、長岳寺(ちょうがくじ)。824年に創建された古刹で、平安初期に作られた鐘楼門は、重要文化財に指定されています。15時33分到着。
山の辺の道9長岳寺鐘楼門


これは長岳寺本堂
山の辺の道10長岳寺本堂


ラストスパートは、古墳ラッシュです、

まずは崇神天皇陵。
山の辺の道12崇神天皇陵


景行天皇陵。よくこれだけ前方後円墳がきれいに集まったものです。
山の辺の道13景行天皇陵


額田王の歌碑。「三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情あらなむ 隠さふべしや」と読みます。三輪山の美しさをたたえる歌です。
山の辺の道14額田王の歌碑


この先の道を最後に、山の辺の道ウォークを終了しました。16時46分。最後は、足が結構しんどくなりました。天気予報では雨でしたが、幸運なことに最後には晴れ間さえ見えました。

山の辺の道は、文字通り山のすそを歩く道で、緑の中やアスファルト、古刹に古墳と、バリエーション豊かな景色を楽しみながらも、どこか牧歌的でした。古墳時代以降の時の流れに想いをはせて、ゆったりとした時間を過ごすことができました。

山の辺の道15眺め

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鶏は神の使者!?@奈良・石上神宮

2009/06/21
日本で最も古い神社のひとつと言われる、石上(いそのかみ)神宮。今まで行こうと思いながらも、なかなか機会がありませんでした。この神社のもつ歴史的な深みが感じられるのか、たまたま時間のできたこの日、行ってみることにしました。

石上神宮は天理駅から徒歩30分。公共交通機関を利用する場合、奈良交通のバスで「石上神宮前」で降りればいいわけですが、事前に調べてみたところ、日曜日に運行しているバス便は、なんとお昼の12時10分に出発する一本のみ! あと、楽をするなら、タクシーで行くしかありませんが、あえてバスの時間に合わせて向かいました。

バスを降りてから5分ほど歩いた鬱蒼とした森のなかに石上神宮はありました。雰囲気がありますね。
石上神宮1


上賀茂神社を狭くしたような境内に、鶏の鳴き声が響きます。春日大社にとっての鹿と同じように、神の使いとして放し飼いにされているようです。
石上神宮の鶏1


石上神宮の鶏2


こちらは楼門。国の重要文化財に指定されています。
石上神宮楼門


ここをくぐると、拝殿が現れます。拝殿の背後は禁足地になっていて、主祭神である神剣布都御魂(ふつのみたま)が埋められてきました。明治7年に、ご神体が掘り起こされて、大正2年に本殿が造営されました。ひっそりとした空気に包まれています。
石上神宮拝殿


楼門の正面の階段を上がると、摂社の出雲建雄神社の拝殿があります。これは今は廃寺となった内山永久寺の拝殿を大正3年に移築したもので、現在では国宝に指定されています。中央に一間の「馬道(めどう)」(=通路)を開く割拝殿の典型だということです。
出雲建雄神社拝殿


石上神宮は思ったよりも狭く、あっという間に廻ってしまいます。でも、豊かな緑に歴史を感じさせる社殿、神の使者として違和感なく歩き回る鶏...ユニークで厳かな雰囲気を感じることができました。
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「銘木」のディープな世界@京都・松文商店

2009/06/20
茶室や数寄屋建築、書院などに使われる美しい木材=「銘木」だけを扱う木材店が京都にはあります(「材木」ではありません)。一見、なんとニッチな商売なんだろうと思われますが、京都には茶室を始めとした美しい木造建築に対するニーズがあることの現れです。この日、伝統未来塾の授業に参加して、そのディープな銘木の世界を覗いてきました。

松文商店外観


そのお店「松文商店」は、京都北西部の、千本上立売にあります。江戸時代末期に創業して以来、北山杉を始めとする銘木を扱っています。お店に入ると、ズラーッと銘木が並んでいます。自然でできたものとは思えないほど、整然としていました。

松文商店:北山杉1


材木とは住宅を構成する骨組みを指し、銘木は室内に見える木材のことをいうのだそうです。銘木は、樹齢の古さや、木そのものの珍しさ・美しさで決まるのではなく、その部屋に使われる材料や寸法のバランスで、その良し悪しが決まってくるのだそうです。野球のチーム構成に例えるなら、長距離砲のスター選手ばかりを揃えるのは「野暮」で、足の速い選手から長距離砲、チャンスに強い選手、左投手に強いなどなど、選手の役割のバランスが取れているのが良いという考え方です。

そうなると、何をもって「バランスが良い」となるのか...ですが、そこで施主・棟梁の「知識」「眼力」「センス」が問われてくるわけです。

松文商店:銘木1


知識のない自分としては、こういう見学の機会や、良い建築・茶室を廻ることで勉強していくしかありません。ということで、この松文商店で拝見した銘木と、その特徴をざっくりとメモしてみました。

北山杉は床柱に使われることが多いのですが、その特徴として、まっすぐであること、元末(もとすえ:根と先の太さの差)がないこと、成長が遅いために年輪が詰まっていることなどが挙げられます。つまり、見映えが良いのです。この北山杉には「絞り」と呼ばれる「しわ」がついていることが多いのですが、天然ものと人工ものがあります。見分け方は、人工ものはしわの長さがほぼ均一なのだそうです。木肌が美しいと、それに目が奪われて、天然か人工かはどうでもよくなってしまいそうです...

松文商店:北山杉2


吉野杉は大きな構造に使われます。

檜の「さび丸太」は、錆びた表情を出すために、樹液から生じるカビを1ヶ月間放置するのだそうです。床柱に使われることはありますが、木目が出にくいことなどから、あまり好まれないのだそうです。

栗は堅くて水に強いため、塀の裏や玄関の敷板などに使われます。

アカマツは天然の皮付き丸太に見えますが、実は火であぶって表皮をとるのだそうです。

という具合に、木の性質によって、銘木になるまでの加工・乾燥の方法から、実際の使われ方まで、いろいろと異なってきます。そのうえに、どの銘木をどういう配置にするかという「センス」が問われてきます。

松文商店:銘木2


最近は、銘木に少し傷がついているからといって、すべてやり直しにする施主が多いそうです。でも、その傷を、棟梁のアイディア(アドリブ)によって、「景色」に変えることもできるのだそうです。「景色」かどうかは、解釈の問題であり、その背後に「教養」や「センス」が問われるわけですが、施主−設計士−棟梁というコミュニケーションの流れにおいて、棟梁のアイディアが通らないことが多いのだそうです。設計士の存在も良し悪しかもしれません。

松文商店:茶室の床の間の框(溜塗)


ある棟梁は、茶室を建てる際に、施主がもっている掛け軸や茶道具が何かを訊ねるのだそうです。それらが引き立つような茶室をつくる、というわけです。それぞれの要素が独立して目立つことなく、調和するのがよい建築である...つまり、伝統建築の世界でも、和を重んじる考え方が良しとされることがわかります。ディープな銘木の世界から紐解かれたことが、「和」の精神であることがとても面白いと感じる授業でした。
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