激しい提灯の叩き合い!提灯祭り@網干・魚吹八幡神社
2007/10/21
秋祭りダブルヘッダーの後半は、兵庫県の網干(あぼし)で行われる「提灯祭り」。ふんどし姿の男たちが提灯を激しくたたき合う「提灯練り」で知られます。姫路周辺のお祭りは、灘のけんか祭りのように、勇壮で豪快なものが多く、今回もビジュアル的に激しいものになりそうです。
祭りのハイライト「提灯練り」は午後7時スタートです。ところが、午後6時、JR網干駅に降りてみると、祭りの華やぎが全くありません。祭りは本当にやっているのか...不安になりながらタクシーに乗り、魚吹(うすき)八幡神社に向かいました。タクシーで近づけたのは会場から数百メートル離れた場所。臨時バスくらい、運行してくれてもいいのに。
午後6時半、祭りのメイン会場の神社の楼門前に近づくと、デコトラのように、イルミネーションで彩られた3基の神輿が視界に飛び込んできました。「屋台練り」が盛り上がりを見せていたのです。「わっしょい!」と元気な掛け声が聞こえます。「ええのか、ええのか!」という叫ぶ声もあちこちからあがります。先ほどの加茂大祭と比べると、ヤンキーな雰囲気が濃厚に漂います。

ほどなく「チョーサ!」という掛け声とともに、神輿が高く掲げられました。これが屋台練りの見せ場。観客から一斉に「いいぞ!」「がんばれ!」と声がかかります。このかけ声の由来はなんでしょうね?

祭りの舞台となる魚吹八幡神社ですが、西暦202年に神功皇后がこの地で神のお告げを聞き、319年に仁徳天皇が夢を見て、父・応神天皇の祖母をこの地に祀るべし、と命令を下したという神話にもとづいています。日本の神社でも有数の歴史を誇るのかもしれません。魚吹(うすき)は、魚が群れをなして砂を吹き寄せてこの地ができた、という伝説が元になった名前です。

提灯祭りの由緒も古く、神功皇后、応神天皇、玉依姫命が乗り移った三基の神輿が、お旅所にわたる際に、道中の灯りにと御旅提灯を差し出されたのがはじまりだとされています。それで提灯には「御神燈」と書かれているわけです。提灯練りが激しさを増したのは戦後以降だということです。

午後7時、いよいよ提灯練りが始まりました。楼門前に近隣の氏子地区の提灯行列が一地区ずつ出てきます。提灯練りは、練り子たちが威勢良く伊勢音頭を歌いながら、あるフレーズに達したところで、中心の大きな提灯に向かって突進し、青竹についた提灯を激しくぶつけ合います。

竹がぶつかるのではなく、バスッ!バスッ!と提灯のクッションがぶつかる音がします。上空には埃と煙が立ち上ります。観客からはどよめきがおこります。1分くらい叩き合うと、笛や拍子木でストップの合図が入ります。

男たちは再び輪になって伊勢音頭を歌いだします。そして、また同じフレーズになると、中心になって突進していき、青竹を叩き合います。提灯がボロボロになって、青竹だけになっても、時間がくるまで激しく叩き合います。もちろん、練り子たちはお酒でかなりハイになってました。

合わせて7地区が登場しましたが、地区によって目玉となる提灯の形に工夫が凝らされたり、たたき方の勢いが違います。練り子もふんどし一丁の男たちだけであったり、20代の女の子が入った地区もあったり。提灯も、小島よしおが描かれた巨大提灯や、星やハッピの形をした提灯などなど、多彩なバリエーションが楽しめました。



こんなにいろいろな提灯が見られるのは、このお祭りだけでしょう。それらが一瞬のうちに壊れてしまうのも。見ているこちらもスカッとするような、激しいお祭りでした。

提灯練りがすべて終わったのは、午後10時過ぎでした。あたりはすっかり寒くなっていました。JR網干駅へ向かう人はほとんどなく、あれだけ多くの観客はどこへ行ってしまったのか、不思議な感じがしました。

祭りのハイライト「提灯練り」は午後7時スタートです。ところが、午後6時、JR網干駅に降りてみると、祭りの華やぎが全くありません。祭りは本当にやっているのか...不安になりながらタクシーに乗り、魚吹(うすき)八幡神社に向かいました。タクシーで近づけたのは会場から数百メートル離れた場所。臨時バスくらい、運行してくれてもいいのに。
午後6時半、祭りのメイン会場の神社の楼門前に近づくと、デコトラのように、イルミネーションで彩られた3基の神輿が視界に飛び込んできました。「屋台練り」が盛り上がりを見せていたのです。「わっしょい!」と元気な掛け声が聞こえます。「ええのか、ええのか!」という叫ぶ声もあちこちからあがります。先ほどの加茂大祭と比べると、ヤンキーな雰囲気が濃厚に漂います。

ほどなく「チョーサ!」という掛け声とともに、神輿が高く掲げられました。これが屋台練りの見せ場。観客から一斉に「いいぞ!」「がんばれ!」と声がかかります。このかけ声の由来はなんでしょうね?

祭りの舞台となる魚吹八幡神社ですが、西暦202年に神功皇后がこの地で神のお告げを聞き、319年に仁徳天皇が夢を見て、父・応神天皇の祖母をこの地に祀るべし、と命令を下したという神話にもとづいています。日本の神社でも有数の歴史を誇るのかもしれません。魚吹(うすき)は、魚が群れをなして砂を吹き寄せてこの地ができた、という伝説が元になった名前です。

提灯祭りの由緒も古く、神功皇后、応神天皇、玉依姫命が乗り移った三基の神輿が、お旅所にわたる際に、道中の灯りにと御旅提灯を差し出されたのがはじまりだとされています。それで提灯には「御神燈」と書かれているわけです。提灯練りが激しさを増したのは戦後以降だということです。

午後7時、いよいよ提灯練りが始まりました。楼門前に近隣の氏子地区の提灯行列が一地区ずつ出てきます。提灯練りは、練り子たちが威勢良く伊勢音頭を歌いながら、あるフレーズに達したところで、中心の大きな提灯に向かって突進し、青竹についた提灯を激しくぶつけ合います。

竹がぶつかるのではなく、バスッ!バスッ!と提灯のクッションがぶつかる音がします。上空には埃と煙が立ち上ります。観客からはどよめきがおこります。1分くらい叩き合うと、笛や拍子木でストップの合図が入ります。

男たちは再び輪になって伊勢音頭を歌いだします。そして、また同じフレーズになると、中心になって突進していき、青竹を叩き合います。提灯がボロボロになって、青竹だけになっても、時間がくるまで激しく叩き合います。もちろん、練り子たちはお酒でかなりハイになってました。

合わせて7地区が登場しましたが、地区によって目玉となる提灯の形に工夫が凝らされたり、たたき方の勢いが違います。練り子もふんどし一丁の男たちだけであったり、20代の女の子が入った地区もあったり。提灯も、小島よしおが描かれた巨大提灯や、星やハッピの形をした提灯などなど、多彩なバリエーションが楽しめました。



こんなにいろいろな提灯が見られるのは、このお祭りだけでしょう。それらが一瞬のうちに壊れてしまうのも。見ているこちらもスカッとするような、激しいお祭りでした。

提灯練りがすべて終わったのは、午後10時過ぎでした。あたりはすっかり寒くなっていました。JR網干駅へ向かう人はほとんどなく、あれだけ多くの観客はどこへ行ってしまったのか、不思議な感じがしました。






200余りの神社で祭りが行われるそうです
その祭りも「魚吹の祭り」で終わります
祭りが終り二週間、やっと一息ついた所です
遠い所からお越し頂いたようですね
宵宮の提灯練りもいいし、翌日の本宮には屋台18台、檀尻3台、獅子檀尻1台が揃います
台数が多いので、今年、σ(^^)の村の屋台は午前6時50分にお宮に向けて出発、宮入、宮出後、帰って来ましたが、日付も変り午前1時過ぎになりました
でも例年よりも早かったのですよ
また22日の本宮にお越し下さい。
「魚吹のまつり」
http://guji.web.fc2.com/
祭りを終えた後の気分というのは、どういうものなんでしょう?
このような素晴らしいお祭りが地元にあるというのは、うらやましいかぎりです。
来年は、ぜひ本宮にも行ってみたいですね〜
屋台に収められていた太鼓の皮の張替えの為、太鼓は太鼓屋さんに持って行きました
もう来年の準備が始まっているんですよ。